俺が洗い始めると、フェムの尻尾が元気に揺れる。
「フェムってお風呂好きだよな」
『気持ちがいいのだ』
「狼でお風呂好きって珍しいのか?」
『魔狼たちは、みんなお風呂が結構好きなのである』
「へー」
『でも、冬は体が冷えるから入らないのだ』
「湯冷めしたら風邪ひくもんな」
「わふ」
フェムは俺がきちんと拭いて乾かしてやるが、野生の魔狼はそうはいかない。
夏はともかく冬は野外の温泉にも入らないのだろう。
俺はフェムの全身を丁寧に洗っていく。
尻尾の先から、肉球の間までだ。耳と耳の間も顎の下もきちんと洗う。
「洗われたくないところとかあるのか?」
『大丈夫なのだ』
「そうか」
『肉球の間はくすぐったいのだ』
「そうか、だが泥が一番ついているからなー」
『我慢する』
「えらいぞ」
そうこうしている間にフェムを洗い終わる。
「よし、フェムお風呂に入っていいぞ。次はモーフィだ」
『ありがとう』「もっ」
フェムは湯船に向かい、モーフィは俺の髪からやっと口を離して目の前に来て座った。
「モーフィもお風呂が好きだな」
『すき』
モーフィの鼻息が荒い。ふんふん言っている。
『あらってもらうのすき』
「そうか。丁寧に洗ってあげよう」
『ありがと』
洗っている間、モーフィはずっと嬉しそうだった。
「顔も洗うから目をつぶってくれ」
「もっ」
角の間から、鼻の近く、顎の下もきれいに洗う。
尻尾の先も、蹄の裏側もきちんと洗う。
「特に蹄は傷んでないかな?」
「もぅ?」
「モーフィは人を乗せたり荷物を運んだりしているし、蹄鉄をつけるべきかもしれないな」
だが、問題は巨大化したときに蹄鉄がどうなるかだ。難しい問題だ。
「あとでルカにでも聞いてみるか」
「もっも」
「よし、モーフィも湯船に入っていいぞ」
『ありがと』
モーフィが湯船に向かうと、俺は自分の体を洗う。
湯船の方ではコレットたちが楽しそうに騒いでいる。
フェムやモーフィがコレットとシギショアラを見てくれているようだ。
俺は安心してモーフィのよだれまみれの髪の毛を洗った。
「不思議と、あまりベトベトしないんだよな……」
牛のよだれというと、よだれの中でも特にベトベトなイメージがある。
だが、モーフィのよだれはさらさらしている気がするのだ。
やはりモーフィのよだれは特殊なのだろうか。
「ふむぅ」
モーフィのよだれということは、霊獣兼聖獣のよだれだ。
もしかしたら、水よりきれいだったり、体によかったりするのかもしれない。
そんなことを考えながら、目をつぶって髪をあわあわにする。
そうやって、丁寧に髪を洗っていると背後から声がした。
「お背中流しますねー」
「おお、ありがと……ん?」
一瞬コレットかと思った。コレットに似た声だったからだ。
だが、コレットの声ではない。
コレットが大きくなったらこんな感じ。そんな声だ。
「そこにいるのはミレットか?」
「そうですよー。お背中かゆいところありませんかー?」
「ああ、いい感じでとても気持ちよいが……、じゃなくてだな」
「気持ちいいなら、よかったです」
どうにかしようにも、俺は髪の毛を洗っている途中だったのだ。
顔の方まで泡だらけなので、目を開けることもできない。
お湯で流せばいいのだが、お湯をためて目の前においてあった桶はなくなっている。
おそらくミレットが使っているのだろう。
それ自体はいいのだが、目を開けられない状態から逃れることができないのは少し困る。
「あー、おねえちゃん。これっとがおっしゃんの背中あらいたかったのにー」
「コレットは風邪ひくから、ちゃんと温まらないとだめ」
「そうだぞ。コレット。ゆっくり温まっておきなさい」
「ぷう。おっしゃんがいうのなら、しかたないなー」
そう言ったコレットの方向からバシャバシャという音が聞こえてきた。
おそらく足をお湯の中でばたつかせているのだろう。
「りゃっ! りゃりゃ!」
シギもコレットの近くにいるようだ。楽しそうに鳴いている。
「シギショアラ楽しいか?」
「りゃあ」
「そうかそうかー。そのうち浴槽ではしゃいではいけないと教えねばなるまいが……」
「む?」
俺は思わず声を出した。
シギの方向から、想定外の声がしている。ティミショアラだ。
「のう、アルラよ。今は堅苦しいことを抜きにして楽しむことを知れば良いと思わぬか?」
「それは、そうだな。うん」
「アルラも我と同意見であるか。それは何よりである。風呂嫌いになっても悲しいゆえな」
「いや、そうじゃなくてだな……」
はたして、ティミは体を洗ってから浴槽に入ったのか。
いや、そもそもなぜティミが入っているのか。疑問は尽きない。
「りゃっりゃ」
「はっはっは。シギショアラ。はしゃぐでない、はしゃぐでない」
「……まあ、いっか」
シギもティミも楽しそうだから、これでいいのだろう。
それにティミは竜形態から人形態に自由に変化できるのだ。
人と同じ肉体を持っているわけではない。服も魔力で作り上げている。
おそらく清潔を維持するために風呂に入っているわけではないのだろう。
「古代竜も風呂が好きなんだな」
「ああ。特にムルグ村の温泉はよいな」
「りゃあ」
「シギショアラも気に入っておる」
やはり古代竜たちは、お風呂が大好きなようだ。