「りゃっりゃ」
「もう!」
シギショアラとモーフィの楽しそうな声を聞きながら、俺は髪の毛を洗う。
多少暴れても、ティミショアラがいるのならば、問題ないだろう。
そして、背中は相変わらずミレットが丁寧に洗ってくれていた。
「次は腕を洗いますねー」
「いや、そこは自分で……」
「まあまあ、そうおっしゃらずに」
背中を流してくれていたミレットが俺の腕を洗い始めた。
「いやいや、本当に自分で洗えるから……」
「お気になさらず! たまには弟子らしいことしないとですからねー」
ミレット、コレット、ステフは、俺の魔法の弟子である。
確かに魔導士の世界では弟子が師匠の世話をする慣習があるのは間違いない。
とはいえ、それは基本的に昔の話だ。
今でもそういう師弟がいないわけではないが、少数派と言えるだろう。
「今は魔導士もそういうことを気にしなくていい時代だ」
「じゃあ、個人的なお礼ですよ。気にしないでください」
「そうは言うが……」
「それにアルさん、目をつぶったままだと腕を洗いにくいでしょう?」
「髪の毛の泡を洗い流せば……」
「まあまあ、いいからいいから」
そういって、ミレットは俺の肩から腕にかけてを洗っていく。
力加減が絶妙で気持ちがいい。ミレットは洗うのがうまいようだ。
幼いコレットを洗ってあげていたからだろうか。
「かゆいところはございませんかー?」
「ああ、ありがとう」
「力が強すぎたらいってくださいね」
「すごく気持ちいい、ありがとう」
「えへへ」
それはともかく、俺は充分髪の毛を洗った。そろそろ泡を洗い流したい。
「ミレット、そろそろ髪の毛の泡を——」
俺がお湯の入った桶を手渡してほしくて、少しだけ振り返りかけたとき、
「アルさん、かゆいところはないですかー?」
頭をわしわし洗われ始めた。
「……クルスか」
「クルスですよー」
「もう頭は洗ったから、洗ってくれなくていいんだ」
「えー。目をつぶっていたら洗いにくいでしょう?」
「そんなことない」
「またまたー」
「髪の毛は目をつぶった状態で洗うのが一般的だ。クルスだってそうだろう?」
「ぼくは大体ユリーナにやってもらってますよー」
「……そうか」
クルスだって一人で入ることもあるはずだ。
それに俺と一緒に入ったときも、クルスは一人で髪の毛を洗ったりしていたものだ。
だが、クルス的には自分で洗うときちんと洗えないという意識があったのかもしれない。
「ふんふふーん」
クルスが鼻歌を歌いながら、髪の毛を再び洗ってくれる。
「クルスちゃん、アルさんは私が洗うからクルスちゃんは自分の体を洗ってね」
「いいからいいから」
「いえ。これは弟子の務めなので、クルスちゃんは遠慮してください」
「今時弟子とか関係ないよー」
その点は、まさにクルスの言うとおりだ。
問題はそもそもクルスも俺の髪の毛を洗う必要がないということである。
「あっ! これっとも弟子だった! おっしゃんの髪の毛洗わないと」
「もっも!」
浴槽の方でコレットの楽しそうな声がした。絶対に面白がっている。
「コレットはちゃんと温まっておきなさい。風邪をひいたら困るからな」
「えー」
俺がそう言ったのに、ばしゃばしゃ音がしている。
コレットがこっちに向かってきていそうだ。
「わふ」
「どしたの、フェムちゃん」
「わふぅわふう」
「きゃっきゃ」
どうやら、コレットがフェムにつかまったようだ。楽しそうに遊び始める。
フェムはとても面倒見がいい狼だ。頼りになる。
一方、ミレットとクルスは、未だにどっちが俺の髪の毛を洗うかで争っていた。
「ぼくは洗うの上手なんだ」
「そうなんだ。さすがクルスちゃん。でも私も得意なんですよ。見ててください」
「あっ! そんなこと言いながら洗っちゃうつもりだね!」
「……ちっ、だまされませんか」
「ミレットずるい! 体はミレットが洗ったんだから、髪の毛はぼくに譲るべきだよ」
そんなことをいいながら、クルスはわしわし洗い続けている。
そもそも、髪の毛はもう俺が洗い終わっている。後はお湯で泡を洗い流すだけだ。
とはいえ、クルスは人の髪の毛を洗うのがうまいようだ。
とても気持ちがいい。
「もー、クルスちゃんは、もー」
文句を言いながらも、ミレットは俺の腕やら肩、首を洗ってくれている。
ミレットも洗うのがとてもうまい。とくに肩や首が気持ちがいい。凝りがほぐされていく。
「アルさんかゆいところありますかー?」
「大丈夫だ。クルスありがとう」
「アルさん。肩凝ってますねー。首もなかなか固くなってますよー」
「ありがとう、ミレット。とても気持ちがいい」
「よかったです」
とても気持ちが良くて眠くなってきた。しかしさすがにここで眠ってしまっては風邪をひく。
「もう充分洗ってもらったし、そろそろ……」
「ふんふーん」
そろそろ終わらせて欲しいと催促してみた。だがクルスとミレットは洗うのをやめない。
その後も何度か催促したが、あまり話を聞いていないようだ。
眠ってしまう前に何とかしなければならないだろう。
俺はとりあえず、魔法を使って桶を操りお湯を頭からかぶることにした。