眠ってからどのくらいたったのだろう。
俺は殺気を感じて目を覚ました。
身体を起しながら、ほとんど反射的に殺気の主に向けて魔力弾を撃ち込む。
かなり離れた位置にいた殺気の主にあたった。
しかし、俺の魔力弾は障壁によってはじかれる。
ダメージは与えられなかったが、警戒させることは出来たようだ。
足を止めてこちらを睨んでいる。
殺気の主はダンジョンの奥、俺たちが歩いて来た方向とは逆の方から来たようだった。
——GAAAAAAAAAA
殺気の主の大きな咆哮。ダンジョンの壁が揺れるほどだ。
「アルラさん! 敵襲ですよ!」
「そうみたいだな」
クルス、ユリーナは寝ている者を守るように周囲を固めていた。
フェムもすでに起きて身構えていた。尻尾をぴんと立たせている。
モーフィもすくっと立ち上がる。
「うーん。なにごとなの?」
俺の直後に起きたルカは、一瞬でばねにように立ち上がる。
抱いていたチェルノボクを肩に乗せ、剣をすらりと抜く。
「ひぃう! なんじゃなんじゃ!」
そしてモーフィの背の上に乗っていたヴィヴィが飛び起きた。
大きな咆哮を聞いたのに、ヴィヴィは比較的冷静だ。
ティミショアラと特訓した成果が出ているのかもしれない。
「敵ですか!」
エクスもなかなか起きて身構えるのが早い。
「てててて敵、しゅ襲う!」
モーフィの横で寝ていたベルダは慌てて跳び起きる。
だが混乱している様子だ。
寝ているところに、先ほどの咆哮を食らえば混乱しても仕方がない。
恐慌状態に陥ってないだけまだましだろう。
「我には……ドラゴンに見えなくもないのだが、アルラはどう思う?」
ティミショアラは、殺気の主を見ながらそんなことを言う。
殺気の主は警戒した様子で、こちらを睨みつけ続けている。
殺気は相変わらず強烈に放っている。少しでも隙を見せれば、襲い掛かってくるだろう。
「あれは……、ドラゴンか?」
あふれ出す魔力はグレートドラゴンより上だ。だが、果たしてドラゴンかは判然としない。
羽がないので、ドラゴンだとしたら地竜だろう。
「アルラでもわからないか。我もわからないのである」
「りゃ」
ドラゴンかもしれないと聞いて、シギショアラが俺の懐から顔を出して鳴いた。
シギはドラゴンが好きなのだろう。
シギの前でドラゴンを倒すのは少し心が痛む。
「シギはもう少し寝ておきなさい」
「りゃ?」
「もっと懐の深いところでゆっくり寝てていいよ」
「……り」
赤ちゃんのシギにはまだまだ寝足りなかったのだろう。
もぞもぞと中へと入っていった。
俺は服の上から、ポンポンとシギを優しく叩きながら、ティミに尋ねる。
「まさかとは思うが……ティミの知り合いか?」
竜かどうかはわからないが、古代竜の大公を彷彿とさせる。
そのぐらい強大な魔物なのは間違いない。
もしドラゴンで、そのぐらい強力ならばティミの知り合いでもおかしくない。
「いや、ドラゴンだとしても知らないドラゴンだ。そもそもこんなところにドラゴンがいるとは考えにくい」
だが、ドラゴン以外でこれほど強い魔物がいるとも考えにくい。
だから混乱しているのだ。
「ティミ。ドラゴンかは置いておいて、とりあえずあいつを説得してくれないか?」
ドラゴンは基本知能が高い。
ドラゴンでなくともこれだけ強いのならば、高い知能を持つ可能性が高い。
一般的に、魔物の力と知能に相関関係があるのだ。
知能が高いのならば、殺気は凄くとも、話し合いが可能かもしれない。
「やってみてもよいが……。アルラがねじ伏せた後の方がいいのではないか?」
「それもそうか」
ドラゴンは、そういう傾向がある。ドラゴンではない場合はまた別なのだが。
どちらにしろ今の魔物は明らかに冷静ではない。
俺の寝起きの魔力弾のせいだけではないだろう。
そもそも、殺気が強烈だったからこそ俺が反応してしまったのだ。
俺の魔力弾のおかげで、わずかに冷静になっているぐらいだ。
だから、力でねじ伏せれば冷静になる可能性がある。
そして冷静になれば、殺気もおさまるに違いない。
「ルカ。あの魔物が何の種族かわかるか?」
「……わからないわね」
「ルカでもわからないとは……」
魔獣学者のルカでもわからないということは、余程珍しい魔物ということかもしれない。
「ドラゴンのことならば、私よりもティミの方が詳しいと思うけど……」
「我はドラゴンかどうかもわかってないのだ……」
ティミにもルカにもわからないようだ。
「チェルノボク。あれはアンデッドか?」
『ちがうの』
「そうか」
死王たるチェルノボクがそういうのなら、そうなのだろう。
いよいよ、何者かわからない。
まあ戦ってみれば、どのような者かわかるだろう。
それでもわからなければ話せばいい。
「クルス、ルカ、ユリーナ。ひとまず俺に任せてくれ」
「はい、アルラさんに任せますね」
「好きにしていいわ」
「うん。任せるのだわ」
仲間たちは俺を信頼してくれているようだ。
ありがたい話である。
「フェムも待っていてくれ。基本話し合いだからな」
『わかったのである』
今いるところはあくまでもダンジョン内部の通路だ。
かなり広くなりつつあるとはいえ、高速機動が必要になることはないだろう。
仮に強力なドラゴンならば、通路を全てブレスでふさぐことが出来る。
そうなれば、魔法障壁で防ぐほかない。
そういうことを考えながら、俺は魔物に向かって歩いていった。