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444 三百年前の物語

 魔族を巡る現代の環境は、恐らく三百年前に比べたら格段に良くなったに違いない。

 それでも、ひどいことをする者は少なからずいる。

 ムルグ村のクルスの前の領主がそういう奴だった。

 そういう奴の被害者もいっぱいいる。

 子供なのにひどい目に遭っていたタントもそうだし、魔族の父を持つレアもそうだ。


「本当にひどいことをする奴は、今もいます。正当な理由もなく奴隷にしたりとか」

 そういったのはエクスである。


「エクスは侯爵家を追い出されて冒険者をやっていたとき、奴隷とされた魔族の家族を救ったのだ」

 ベルダがエクスの頭をわしわしと撫でていた。


「なかなかできることではないぞ。エクス」

「あ、ありがとうございます」


 ベルダの言うとおり、中々できることではない。

 侯爵家を追い出されて平民に落とされる。

 そんな目があったら、自分が生きていくことで精一杯になる者だ。

 それを責めることは誰にもできない。

 だからこそ、そういうときに助け出すというのはとても立派だ。


「エクス、立派だな」

「ぼくもえらいと思う!」


 皆に褒められてエクスは照れていた。


「その奴隷の一家は今どうしているのじゃ?」

「ヘイルウッド侯爵家の屋敷で働いています」

 ヴィヴィの問いにエクスは笑顔で答える。


 侯爵になるまでは自分の家に住まわせていたらしい。

 そして侯爵になって、領地に戻る際に一緒についてきてもらい、今では両親そろって侯爵家の家臣となった。

 侯爵家の給料は低くはない。充分に家族で暮らしていけるようだ。


「それは良いことなのじゃ。同じ魔族として礼を言うのじゃ」

 魔族であるヴィヴィも神妙な表情で頷いていた。


「そんな、私はお礼を言われるようなことは……」

 照れているのかエクスは顔を真っ赤にする。


 話を聞いていたモコが言う。


「そうか。三百年たっても、未だに魔族への差別は続いているのだな」

「すまぬ。私たちの力が足りぬばかりに」

 ベルダは王族だから責任を感じているのだろう。


「王族だからといって、責任を負えるものでもあるまいよ」

「そうはいっても、全くの無責任ではないはずゆえ」

「ベルダは責任感が強いのだな。そうか。そうであったな。……少し似ている」

「……似ているとは?」

「儂の知っている三百年前の王族にだ」


 責任感の強い先祖に似ていると言われて、ベルダは複雑な表情を浮かべた。

 なんとも言えない思いなのだろう。


 王族の地位は血脈によって担保される。

 だから、王族の地位と特権を享受している以上、先祖の行いに伴う責任も引き受けるべきだ。

 そして、未だに虐げられる魔族はいる。

 王族は三百年かけて、魔族が虐げられない国を作れなかったのだ。


「私は王族として恥ずかしく思う」

「現状は十分ではない。だが少しずつだが良くなっている」

「そうでありましょうか」

「ああ。それにベルダみたいな王族がいるのなら、未来に希望が持てる」

「アルラさま……」


 ベルダの目は少し潤んでいた。


 一方、クルスはモコに尋ねる。


「虐げられた魔族を救うっていう三百年前の勇者の挑戦はうまくいったの?」

「充分ではないが、それなりに効果はあった」

「それはすごいね。ぼくがやろうとしても難しいかも」

「だが、犠牲も大きかった」

「犠牲?」

「ああ」


 三百年前、勇者はモコと一緒に、ムルグ村からエルケーへと移動した。

 エルケーが最も魔族が多く、そして虐げられていたからだ。


 最初、勇者は穏当な手段で虐げられた魔族を救おうとした。

 だが、そもそも勇者自体、魔王討伐後は冷遇されていたのだ。

 勇者の言うことなど、支配者層の誰も聞かなかった。


「それでも我が主はずっと耐えて、辛抱強く活動をしていたのだ」


 領主に陳情しながら、合間に領主が手を焼いていた強大な魔物を無償で討伐したりもした。

 冒険者の頃に稼いだ財産を使って、飢えた魔族相手に炊き出ししたりもした。


「しかし、交渉は全くうまく行かなかったのだ」

「え? でもある程度効果はあったんでしょう?」

 クルスが尋ねるとモコは深く頷いた。


「うむ。それは次の段階に進んだ活動の成果なのだ」


 穏当に粘り強く交渉を続けていた勇者だったが、堪忍袋の緒が切れる事件が起こった。

 とある貴族が、奴隷として買った魔族を獲物とした狩りをしたのだ。

 激怒した勇者が領主に抗議をしたが、全く聞き入れてもらえなかった。


 それどころか、貴族たちは規模を大きくして魔族狩りをしようとすらしていた。

 人型の生き物を狩るというのが、貴族たちにとっては非常に楽しいものだったらしい。


「大規模になった魔族狩りの当日。勇者は狩り場へと向かった。そして狩りが始まったとき、逆に狩ったのだ」

「逆に狩ったってどういうこと? やっぱり……」

「当代の勇者よ。そなたが考えている通りだ。貴族を獲物として勇者は狩った」


 一方的に安全に狩る側だと思っていた貴族たちは、狩られる側になって泣き叫んだ。

 助けてくれと泣き叫び、命乞いをした。

 自分たちは命乞いをする魔族を楽しそうに笑顔で殺したにもかかわらずだ。

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