モコは苦々しい顔をして言う。
「我が主は外道たち相手に容赦することはなかった。当然儂も主とともに貴族たち全員を狩り尽くした。今でも牙が貴族どもを切り裂く感触と、舌に残る血の味が残っておる」
「……貴族どもは、当然の報いなのじゃ」
「ヴィヴィの言うとおりだけど、それをしたらただじゃ済まないのだわ」
「その通りだ。戦となった」
「戦って尋常じゃないのだわ」
「うむ。先ほど言った犠牲とはそのことだ」
狩りの対象とされた魔族の奴隷たちを勇者が率いて貴族たちと戦ったのだ。
虐げられていた魔族たちは勇者の旗の下に集い、かなりの兵力となった。
元々魔族は魔力の高い者が多い。戦力としては優秀なのだ。
「それでも厳しくないかしら? 貴族は軍隊を持っているし……」
ルカがそう言うと、モコは頷いて同意する。
「もちろん厳しい。だが魔王を討伐した仲間である治癒術士と魔導士、それに戦士も手を貸してくれたのだ」
「勇者パーティーが手を貸したのなら、それなら……」
「それだけではない。実は魔王も手を貸してくれた」
「え? 魔王は勇者に倒されていたんじゃないの?」
「倒した。だが、殺してはいなかったのだ。もちろん儂は討伐当時、主と知り合ってはいなかったのだがな」
勇者と一緒にエルケーに来て、モコは魔王に会ったのだという。
当時、魔王はエルケーから徒歩で一日程度離れた山の中でひっそりと暮らしていた。
「我が主、つまり勇者と魔王が手を組み、魔族を率いて戦ったのだ。エルケー周辺から貴族を追い出すことはできた」
だが、人族はエルケーを諦めなかった。
本格的に大軍を組織して攻め込んできたのだ。
近衛騎士や竜騎士などの騎士に加えて、宮廷魔導士の精鋭たち。
勇者に率いられた魔族の軍団も苦戦した。
「敵味方、双方に非常に多くの血が流れることになったのだ」
「そうなるだろうな」
俺がそう言うと、モコは深く頷く。
「そして勇者は一つの決断をした。儂は止めた。皆も止めた。だが……勇者の決意は固かったのだ」
「何を決めたんだ?」
「……自ら魔人になることだ」
モコが恐ろしいことを言う。
比較的冷静だったルカがモコに尋ねる。
「人が魔人になることってできるの?」
「普通はできない。魔人は魔人として生まれてくるからだ」
「なら、どうやって勇者は魔人になったの?」
「激しい戦に心を痛めていた我が主に神託が下ったのだ」
「聖神の?」
「そうではない。魔人の神からの神託だ」
魔人の神は、俺に加護を与えた魔神とは別の神である。
名前が似ているから紛らわしいが、明確に違う。
非常にマイナーな、邪神と呼ばれている神である。
聖なる神の使徒である勇者に別の神から神託が下りるということが意外だった。
「魔人の神は、魔族や人族で気に入った者に神託を下し、受け入れたら魔人とするのだ」
「それは知らなかったわ」
「普通は知らぬことだ。儂も実際に我が主が魔人になるまで知らなかった」
「だが、魔人の神の加護を受け入れたら、聖神の加護を失うだろう。強くなるのか?」
「……そうはならなかったのだ」
「どういうことだ?」
「魔人の神の加護を受けた後も、我が主は勇者であり続けた」
「聖神の使徒でありながら、魔人の神の使徒になったということか」
「そのとおりだ」
それを聞いていたヴィヴィが言う。
「どういうことなのじゃ? 聖神にとって、邪神である魔人の神とは相容れないはずなのじゃ」
「ヴィヴィよ。以前も言ったと思うが、神の真意を推測しようとすること自体無駄である」
ティミはよくそのようなことを言っている。
神は人より上位の存在。
真意を推測することも、善悪の価値観を当てはめることも無意味だ。
「神と人では審級が違う。そう破壊神は言っていました」
「審級? 法律用語かしら?」
ルカがそう言うと、エクスは首を振った。
「私も法律用語だと思ったのですが、どうやら違うようです。あらゆる面で神のほうが上位ということらしいです」
ティミはうんうんと頷いた。
「エクスの言うとおりだ。神を人間の聖邪、善悪の価値観で、神のことを計ることはけしてできないのである」
「つまり、勇者が魔人になったことすら、聖神のご意志に叶っていたということなのかや?」
「そうとも限らん。魔人となっても勇者から聖神の加護は剥がれなかった。ただ、それだけしか我らにはわからぬ」
「難しいね!」
笑顔でクルスは言った。
「クルスの言うとおり難しい。難しすぎることだ。神の意志など考えるだけ無駄だ。モコ続きを聞かせてくれ」
「わかった。フェムの主よ」
聖神の加護に加えて、魔人の神の加護を受けて魔人と化した元勇者は非常に強かった。
人族の軍隊を蹴散らし、王都にまで攻め込み王を殺し王族を全員殺したのだ。
「ちょっと待つのじゃ。ということは今の王族は……」
「その通り。今人族を治めているのは、三百年前に新たにできた王朝ということだ」
それを聞いてもベルダもルカも驚いてはいなかった。
歴史に詳しい人にとっては常識だったのかもしれない。