「あれ? もしかして早く祐希との距離縮めないと……やばい?」
食堂で祐希とイリナが一緒に食事をしている姿を発見した。誰にも知られず一人、奏音は焦りを募らせる。
子供というのは残酷で、色眼鏡や偏見がない代わりに自分の気持ちを率直に伝えてくる。小学生というのはまさにその時期で、小学生の時の祐希は――まあ、今と比べると別人と言ってもいいくらいだが――周りからの好奇の目に晒されていた。
別に、今でも好奇の目に晒されていることは同じだが程度が違う。
親や友達といった、どこから仕入れてきたかも分からない乏しい情報に基づく善悪の区別がつかない、場合によっては地雷原にすら突っ込みうる疑問や言葉を遠慮なくぶつけてくるのだ。
『ねえ祐希、早く遊ぼうよ』
彼に性別の区別を設けることなく接した、言ってしまえば、
彼女は、本当に心から祐希が男であることなぞどっちでも良いと思っていた。それは単純に第二次性徴前の純粋なピュアな心を他の同級生よりも有していた、それだけではあったが。
このことが、祐希にとって奏音を
「あの男の子のこと、狙ってんのか?」
突然投げかけられた言葉に奏音がびくりと反応する。
「そんなにビクッとせんでもいいやろ」
「ドワーフ?」
何も許可を取ることもなく、食事中の奏音の向かいの席に座る一体のドワーフ。
「……やっぱり、祐希はすごくカッコいいし。私にはダメなのかなって」
「アホか。やる前から諦めてどうするんや?」
奏音は思わず本音をこぼしてしまったが、目の前にいるドワーフのことの方が気になった。随分と物言いに容赦がない。
「それで、あなたは誰ですか。突然話しかけてきて」
「いや、私は別に。名前はアストリッド・フレイヤ、見ての通りドワーフ。他人から見て何か焦ってるように見える君が面白くて声をかけてしまったわ」
しかし、奏音は幼少期のことを思い出した。もはや自意識過剰ではないかとも思える不安なのだが、一応聞いてみる。小学生の時に奏音と仲良くしようとしてきた人たちは得てして――
「アストリッド……も、彼を狙ってるの?」
「いや。私は恋人いるし、彼のことは狙ってないね。純粋に、君が他人から見ても面白いくらい悶えてたから」
「そんなに体に出てた!?」
びっくりして奏音が思わず後退りそうになる。
「っていうか、恋人いるってもしかして……」
「いや、普通に彼女だよ。ホルティスっていう子なんだけど」
「ホル……え、うちのクラスの子だ」
「そうか、ホルちゃんと同じクラスの子か!」
なら、ドワーフとしてだけじゃなく、私もちゃんと面倒を見てやらんといかんな。そう言いながら赤髪のドワーフ、アストリッドが話を続ける。
「ホルティスは私の幼馴染なんよね」
「ゆ、祐希も、そう。私の幼馴染」
「あれ? そうだったんか。なら別にアタックしたらええのに。男性と日常的に話す女子なんて中々おらんのやから」
「でも……もう、祐希は私のこと、何にも思ってないと思う」
祐希は奏音のことを「自分のことを"男"として見てこない」存在だとして友達になってくれたのだろう。自分たちのことを考えるとそう自覚を奏音は持っている。
だから、その要件から自分が離れれば、ただの軽口を言い合う友人ではなく一人の恋愛対象として奏音が祐希のことを見ていると知られたら。その時に祐希がどのような感情を持つのかを知るのが怖いのだ。
「でも、友達としてなら仲良いんやろ?」
「まあ、それは」
「それなら一回ぶつかってみるのも手やと思う。というか、好意をむき出しにして近づいてくる他人よりも、ずっと友達のふりしてるのに内心では自分のことでアレコレ妄想してる他人の方がキモいやろ」
「それは、そうかも」
アストリッドの話術の妙か、奏音は少し励まされた気がした。
「わ、かりました。私やってみます。このまま何も言わなくても後悔すると思うし」
〜
奏音に映画に誘われた。その待ち合わせとして近所にある映画館を指定された。
祐希は正直びっくりしていた。奏音と連絡先を交換したのは、いつか分からないくらい、すごく遠い昔だ。むしろまだ「友達」欄に自分の名前を残しておいたな、と感動したほどだ。
「ごめん! 待たせたね!」
奏音が小走りで祐希のところに近づいていく。
目を奪われた。彼女の服装はいつも学校で見る、規定的な服装とは全く違う、襟付きのレースワンピースに白の小ぶりなハンドバッグを加えたかなり清楚なイメージを想起させる姿をしていた。
「そ、その、えっと……」
さあ、行こうと祐希が促そうとした途端に奏音が何かごにょごにょと言い始めた。
「祐希の……今日の服、とっても……かっこいいよ? 似合ってる」
「えっ」
祐希の足が思わず止まる。奏音が顔を赤くしながらも、恥ずかしそうにしながらもそう言葉を放ったのだ。
「じゃあ、行こうか! 今日は祐希のことちゃんとリードするからね」
奏音が平静を装うように振る舞っていることは祐希にも勘づいた。そのことに、なんだか少しの喜びを考えて祐希は小さく頷いた。デートの始まりだ。