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第6話 十中八九ではなく「十の一二」

 この貞操逆転世界に来てからというものの、祐希はあまり外に出ていなかった。


 元々、彼自身がインドア気質なこともある。それ以上に、学校というのはある程度の規律が保障されている場所であるのに対し――


「ちょっと待って、女が男子と一緒に歩いてる」

「デートってこと?」

「どうせ男装の子でしょ」

「それにしてはなんか、体つきがしっかりしてる気が……」


「あれってカップル?」

「めっちゃ学生じゃん。青春ってこと?」

「未成年の男子ってめっちゃかっこよく見えない?」


「ダメだ……私彼女いるのに、ちょっと揺らぎそうになってくる」

「ショタ可愛すぎでしょ。――が――ってなってるのを――したすぎるんだけど」



 祐希からすると気まずいことこの上ないのである。おまけでたまに、セクハラ紛いの発言が耳に入ってくる。


 その度に奏音がその言葉が聞こえた方に睨みを利かせている。そしたら黙るのである。中々な権力が見える。


「奏音、なんか今日かっこいいね」


 祐希は普通に感謝していた。学校でも自分の周りで囁かれる内緒話には辟易していたのだ。


 奏音がそれを打ち消してくれていることに感謝して、少し喜ばせようと思ったのだ。


「かっこいいっていうのはちょっと嫌だなあ」

「え」


「ほら、私も女だし。どうせ言ってくれるなら……」

「奏音、今日かわいいね?」

「なんでハテナマークが付いてんの。それで良し」


 少しややこしいが、元の世界の男にかけられる言葉「かっこいい」の価値はこの世界の「かわいい」に転換されている。


 元の世界で男は確かに「かっこいい」と言われる方が、「かわいい」と言われるより嬉しさを感じたものだ。


 勿論、当然であるが男女観も逆転しているので、「デートは女性が男性をリードすべし」となる。


「ね……ねえ」


 映画の券売機まで来たところで奏音の声が急に震える。


「値段的にもこっちの方が安いんだけど……いい?」


 そう言って指さしていたのはの文字。安い、という次元じゃないくらいに、その金額は安価を指し示している。


 どうやら男女ペアでしか利用ができない席らしい。



「ほら、最近は男女交際の促進政策が推し進められてるからその一環っていうかまあまず映画館に男女でくるような人達がほとんどいないからサービス的なアレっていうか」

「別にいいよ」

「いいのぉ!?」


 カップルシートというのはあれだ。座席がソファー風になっていたり、二人の間の肘掛けが無かったりするあれだ。


 この頃、祐希は何となく、この世界の男女観が単純に逆転しているだけでないことを理解し始めていた。まず、女性は男の前で出来るだけと努めている。それは先ほどの奏音もそうだ。



 しかしこの世界、大抵の女性がチョロインである。



 ホルのように本当に男性に性的な興味を持っていない、という場合を除いて。


「押してダメなら引いてみろ」の「押してダメなら」のケースが存在しない奴らばかりだ。


 だから男の前で可愛くあろうとすることはその行動自体に多大なる意味がある。そして苦労がある。


 しかも、その、自分が可愛くオシャレしてアピールできるような男というのは人生で何人会えるか分からないし、会うことができずに人生を終える人の方が多い。



 そこを考えると、祐希は奏音が何を考えて自分をこのような遊びに誘い、あまつさえカップルシートを仄めかしたのか。その意図は当然に見えていた。


 祐希自身も、この世界に来たばかりで、自分の推理が合っているのか確たる自信はまだ持てていないが。




「はい……ん?」


 奏音にリードされるまま誘導されて映画券を買い、ポップコーンを買い、入場カウンターまで行く。券を係員に手渡したところで疑念の声を上げられた。


「恐れ入りますが、身分証のご提示をお願いできますでしょうか?」


 そう言われるので素直に二人とも学生証を出す。本当に祐希が男なのか、それが疑われていることはすぐに分かった。


「は、マジで男……確認いたしました。ありがとうございます。ご入場くださいませ」



 映画館スタッフのお姉さんもびっくりである。てっきりカップルなのかの確認があるのか、と祐希は思っていたがないらしい。


 恐らく、同年代の男女二人が一緒にいるだけでほぼ恋仲で確定なのが、この世界の常識なのだろう。


 それならばよく奏音も誘ってきたな、と思ったが。


「映画館デートだな」

「えぇ!? そ、そうだね?」



 映画の内容はごく普通のハリウッド映画だった。ごく普通の。男性役が男装した女性だった点と、ハリウッドアクション映画とは思えない密度の主人公とヒロイン(男装女性)のラブシーンが描かれていた点を除けば。


「まあ……面白かったな」


 大人気シリーズの続編らしいのだが、正直言うと、祐希はその前作を知らないので雰囲気でしか楽しめなかった。だがそれを奏音に言うのも違うと思って何も言わなかった。


「ね、ねえ、祐希」


 映画を見終わった後。終映後の映画館で、震える奏音の声が隣に聞こえる。祐希にはすぐにその要件を察せられた。


「祐希が嫌なら構わないんだけどさ」


 十中八九、告白だと思った。デートのお誘いがこの世界では恋仲と見做されるのだろう、と祐希が推理した頃から、この展開になるのは予想ができた。


「私、知っての通り男性経験がないからこういうムードも何にもない言い方になるんだけど」


 どう返そうか、祐希は決めかねていた。確かに奏音はいい子だしめっちゃ可愛いけど、まだお互いのことをよく知らな――


「この後一緒に晩御飯食べて、ラブホテルに行きませんか?」


 十の一二で、夜のお誘いだった。

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