「男子のほとんどは、
奏音からとても妙なワードが飛び出してきた。
「何それ、どういう意味?」
「いや、ほら……ね?」
そんな「それくらい分かるでしょ」って恥ずかしがるような声を出されても、祐希には分からない。奏音は常識を質問されているような気分になっているんだろう。
確かに、例えば元の世界で「浮気ってしちゃいけないんだっけ」なんて聞かれたら「何言ってんだ」となるに決まっている。祐希のような童貞としては冗談か何かの文脈でしか飛び出さない言葉だろう。
しかし祐希は奏音が今言った発言が相当気になっていた。かなり重要な、世界の構造的なものを自分は知らないのだと勘づいたからだ。どうやったら彼女から常識を聞き出せるだろうか。
「もし俺が奏音以外で八人の彼女を作ったらどうする?」
ただでさえ詰まっている二人の距離を、祐希が更に縮めて問う。こうやって迫って聞き出せば勢いで行けるんじゃないか、そう考えた。
「そ、そんなの……いやだ……だけど、私が祐希の
気になるワードが出た。恥ずかしげに体を丸めて目を合わせてこない奏音に構わず質問を続ける。
「そのヒューマンの彼女って何? 説明してみてよ」
「それは……えっと」
この辺りで祐希はなんとなく、自分が言葉責め紛いのプレイをしているのではないかという考えが過ぎる。そう考えると妙に背徳的だ。
「ヒューマンの彼女っていうのは、例えば祐希みたいな男子に各種族から一人ずつ――まあ、一
「一つの種族から彼女は一体しかなれないの?」
「当たり前じゃん」
大体の要領を掴んできた。つまり、この世界に存在する八つの種族、それぞれから一体ずつを彼女にすることができるのだ。
彼女にできるということは、一個体の男子が結婚できるのも一つの種族で一体だけなのだろう。そういう制限が設けられているのだ。
「種族って何があるか、言ってみてよ」
「え……まずヒューマンでしょ、あとドワーフ、ヴァンパイアにワーキャット、ドラゴニュート、サキュバス……あとほぼ彼女にするなんて無理だけどエンジェルとエルフとか? これで八種族だね」
「なるほど……」
サキュバス、という何かの衝動が内から湧き出てきそうな種族の名前が出てきた。
それにエンジェルというのは、天使のことだろうか。頭に輪っかとかついているのだろうか、と色々な考えが祐希の頭に巡る。なぜエンジェルとエルフの彼女が無理筋なのかも気になるが。
「エンジェルって、もしかして頭に輪っかついてる?」
「ついてるよ。うちの学校だと生徒会にエンジェルがいるって聞いたけど……」
なんだかエンジェルの特権身分感を感じる。恐らく何かが特別なのだろう。そう祐希が心の中でまとめたところで、それまで従順に質問に答えていた奏音が限界を迎えた。
「あんまり……他の女の子の話しないでほしい」
「……ごめん」
流石にやりすぎたかと反省して――そもそもやりすぎたの程度も分からないのだが――二人は身を寄せ合った。
〜〜〜
翌朝は祐希の方が早く目覚めた。目を開けるとスヤスヤと深い眠りに落ちている奏音の姿が映る。
肩のあたりまで伸びている艶のある髪を寝返りで少し乱しながらも、整った目鼻立ちと綺麗な唇がその可愛い顔を形成している。
それが自分の隣で身を任せて寝ていることに何となくの愛おしさを覚える。
無意識に奏音の頭に手が伸びた。その黒髪をゆっくりと、起こさないように撫でる。
「んぁ……っ」
奏音が声を上げる。やばい、と思うが彼女が目を覚ます。彼女からすると、目を開けたら祐希が頭を撫でていたのだ。
「ん? ……なにやって、え? 祐希! なんで、え、ちょっと待って」
パニックになった奏音が最高の目覚めよろしく祐希のことを突き飛ばす。彼女は耳まで真っ赤に染めてベッドの隅にうずくまる。
「……そういうの、本当にびっくりするから……。私たち、まだ一緒に寝た関係なんだから、あんまり急なことされると私の心臓がもたないよぉ」
「じゃあいつになったら触っても良くなるの?」
つい興味本位で聞いてみる。元の世界に比べて踏むステップ数が多すぎるのだ。
「ヒューマンの子は大体、一緒に寝たら次はどっちかの家でお泊まりとか……そうなったらお互い触れるようになると思う。男の子ってなんていうか、あんまり、女とイチャイチャしたいって思う子が少ないから」
要は男は性欲が薄い上に女子側もウブすぎるから、ということらしい。こんなに男女比が偏っているのに男の性欲が少ないということに祐希は少し疑念を抱える。
「……とりあえず、帰ろうか」
「そうだね」
お互い荷物をまとめて、ホテルを出る。二人の家も近いのでほとんど帰り道も一緒だ。
この泊まりで随分とこの世界の仕組みを学んだ。この世界の女子は段階を踏むことが求められているのだ。だから相手のペースに戸惑わず、一緒に寄り添うことが必要なのだと感じた。
「じゃあね」
別れの挨拶を言ってお互いに完全な帰路につく。
家に着いて、入り口の扉を開けると、その音を聞いて一人の女性が駆けてきた。
「弟よ! 朝帰りとは立派だ! 果たして女の子は捕まえられたのか!?」