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第9話 ネトラレ?

 家の玄関で祐希を迎えた、長身の女子がいた。


「弟よ! 朝帰りとは立派だ! 果たして女の子は捕まえられたのか!?」


 家に帰って早々の祐希を出迎えたのは春川りん。彼の三つ上の姉だ。現在は本来大学一年生の年齢であるにもかかわらずこの4月の大学入学試験に敗北し浪人している。


 こうやって休日は勉強もせずに一日中家で祐希に構う生活を送っている。祐希が学校に行っている平日は予備校へ行っているらしいが。


 今日は日曜であるので、祐希に粘着しに家で待っていたというわけだ。


 祐希からすると、また来年も落ちてしまうのではないかと考えものである。


「俺のことなんて気にせず勉強してくれ」

「いやあ、そう言わず。ちょっと話くらい。いいでしょ」

「別に話すことなんてないよ」


 話すことがない、というより自分の知識が浅薄であること身内に見抜かれるが怖かったため、何も話さないようにしていた。


「それでもこんな時間に帰ってくるってことは……誰かの家かホテルか……」

「あんまり弟の私生活に突っ込むな」

「私だって祐希のこと知りたいのに」


 むくれて不機嫌になった凛が祐希の周りをうろちょろとして、何かをぶつぶつと呟いてくる。「話してくれてもいいのになあ」みたいなことを。ずっと。


「話してくれたら、勉強するぞ!」

「……はあ。分かった。何が知りたいの?」


 凛のしつこさに祐希が観念すると、彼女は目を輝かせて距離を縮めてくる。ソファーに座っている祐希の隣のポジションをちゃっかりと取り、彼女がボリュームのある胸を祐希の腕に押し付けてくる。


「ちょっ……」


 凛の大きな胸の柔らかさがダイレクトに祐希の腕へと伝わってきて、脳天を刺激してくる。それを引き剥がそうとしてもがっしりと掴まれた祐希は動けない。


「暴れないでよ、これくらい姉弟だったら普通じゃん。ね? 行ってたのはホテル?」

「……まあ、そうだよ」

「やっぱり! 高校で仲良くなった子がいたんだね」


 高校で、ってよりは昔からずっと仲は良かったけど。そのあたりのことを説明するのも面倒くさかったので祐希はしなかった。凛はそんな祐希の気だるげな態度にも構わずに質問を続ける。


「高校ではモテモテでしょ」

「いや……別にそんなことないよ」


 これは本当だ。不自然なほど、むしろ希少種を見られるような目で見られていることに祐希は気づいていた。廊下を歩いていると「あの子が?」みたいな声が聞こえるけど。直に言い寄ってきたのは現状ヴァンパイアのイリナと奏音くらいのものだ。


「嘘。気づいてないだけで絶対モテてるからね。だから悪い虫はつかないように、お姉ちゃんが守ってあげるから」


 祐希は薄々思っていたが、この姉はなかなかにブラコンだ。こうやってぎゅっと抱きついてくるところも、胸を当ててくるところも。少々やりすぎだろうとも思うが。


「それで? ホテルで一緒に寝たの? 青春だねぇ」

「普通さ、彼女になるまで男ってどういう手順を踏むものなの?」


 聞こうか迷ったが、せっかくなので思い切って聞いてみる。奏音とのベッドでの雰囲気的には聞けなかったことを情報収集しようと思った。


 「恋愛相談!? よーし、答えてしんぜよう。大体ねえ、一緒にホテルで寝た後は相手の家か自分の家に……あ、お姉ちゃんのことは気にしなくていいからね。まあどっちかの家でお泊まりするでしょ。この時点で合わないなって思った人はダメかな」

「ほう」


 ここまでは奏音も言っていた通りだ。話の先を促す。


「その次は……やっぱり手繋いだり頭撫でたり……お互いがお互いのことを好きなら、この辺りで付き合うかなあ。そのあとは……まあ」


 そこで凛が言葉をにごす。祐希はなんとなくの口ぶりで、そこからはキスだとかの直接的な行為になるのだろうと察する。


 随分園児みたいな恋愛をするもんだと思ったが、女子側の恋愛への不得手さを考えると仕方ないのだろう。


 それに、頭を撫でたときに奏音が過剰な反応を示したのはそのせいだ、と得心がいく。それと同時に「そういえば俺、手握られたどころか体の血吸われたんだけどな」と思ったがそれは口に出さないことにした。


「ふーん。なるほど。よく分かった、ありがとう」

「ちなみにさ、どの種族の子と一緒に寝たの? やっぱりドワーフとか?」

「いや。ヒューマンの子だよ」


 そう言った途端に凛が押し黙った。うるさく構ってきていたのに、急に何も言わなくなったのだ。


「えっと……?」

「ヒューマンね。いいじゃん。とりあえず私は部屋戻るわ、早く昨日の復習しないと」


 まずいことを言っちゃったのかと呆気に取られる祐希だった。


 〜〜〜〜


 自分の部屋に戻った途端に凛はベッドの枕に顔をうずめて言葉を漏らし始めた。


「寝取られたぁ……寝取られたよお……祐希が……」


 比喩でもなんでもなく、文字通りそのままの意味で寝取られた。その事実が凛の胸を刺す。


「祐希が女遊びしてても寛容に許す正妻ポジションになるつもりだったの!! ヒューマンとして祐希の隣にいるのは私になるはずなのにぃ……」


 この世界は実のところ、されている。だから姉や妹が結婚相手になる男というのは珍しくない。


 しかし、一種族からの結婚可能人数は一人。つまり――


「祐希のこと本気でオトす。ぽっと出のヒューマンに私の気持ちが負けるはずがないし!」


 祐希の全く窺い知れないところで凛は一人決意を固めるのであった。

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