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第13話 生徒会のエンジェル

「ようこそ、生徒会へ」


 他の者は皆、出払っているのか。生徒会室にあるのは祐希ともう一つの影だけだ。


 祐希はその姿に神々しさを見た。まず目につくのはその頭上にやや浮いて存在している黄色い中空の円盤だ。


 それと同時に目に入るのは、背部にあるモノだ。畳められているが、広がるとどこまでも覆われてしまいそうに思えてしまう真白の翼。


 その姿の全てが、いや、生徒会室を構成する全てが彼女を中心に作られているかとすら錯覚しそうになる。それほどの力があった。


「……すみません、黙っちゃって」

「いえ」


 エンジェル天使族。個体数はこの世界で最も少なく、しかし最も平均寿命は長い。長寿の個体は千歳を超える。


 天使を除くとこの世界に種族は7つ存在する。伝承によると、天界の神々と七種族を繋いでいるのはエンジェルだ。神によって一番最初に創造された種族であり、歴史的にも資産家や名家が多い。


 よって経済的な影響も大きく、これまでの歴史にあらゆる面で関わってきた――この辺りの情報が祐希が事前に入れて来た知識だ。


「エンジェルは初めて見ました」


 そう祐希が言葉を漏らすと彼女が微笑んで返す。


「私も同世代の男性と話すのは随分と久しぶりです」



 話し方から、なんとなく良い家の出なんだと察する事ができた。彼女は祐希の登場に驚かなかった。いや、驚いてはいたのかもしれないが、あまりそれを外に出すこともなく。


 この世界で祐希と接してきた者は皆それなりの反応を見せて来たモノなのに。


「その輪っか……浮いてますよね?」


 とりあえず気になったことを話題にしてみることにした。


「浮いてますね。不思議でしょう? ちゃんとなんです。まあ、エンジェルだと珍しくもないことです」

「見たところは完全に独立しているように見えます」

「だって完全に離れてるんですもん。たった数センチそこそこですけど浮いてるんです。原理はヒューマンにも分からないそうで」


 ヒューマンの、この世界での共通認識は「頭がいい種族」だ。但し書きでエンジェルを除いて、という注意が入るが。


「その翼は?」

「これですか? これもちゃんと動きますよ。飛べたりもします」

「マジすか……」


 にこりと笑った彼女がパタパタと手で飛ぶ真似をして可愛くおどける。


 彼女自身の身長は高くもなく、むしろ低いくらいだが。彼女自身の何かオーラのような、そんなものが驚くほどに伝わってくる。


「それで。今日のご用件はなんですか?」

「あ、えっと……一階の掲示板見て来たんです。生徒会に入りたくて」


 そう祐希が話すとにこりと笑ったまま彼女が喜ぶような仕草を見せる。


「素晴らしい! うちの生徒会は今、人手不足なんです」

「それは、具体的に?」


「んーっと。一年生はまだ分かりませんが現状あなただけ。二年生……私の代は副会長と会計、それと書記の私。三年生は現会長だけですね。夏明けに生徒会選挙があるので、それまでの役職ですけど」


 なるほど、本当に最低限の人数だけらしい。


「別にうちの生徒会はイベントごとの忙しい時期以外は暇なことも多いので。兼部という形で他の活動をしている方もいますよ。私は生徒会一本ですけど」


 なかなかやり甲斐もありそうで、それでいて楽しそうに聞こえた。生徒会選挙、みたいな響きもどこかアニメみたいでかっこいい。


「多分、生徒会に入ることになると思います」

「本当ですか!」



「あ、そういえば。僕の名前は春川祐希って言うんです」



 最初に見惚れていたせいでうっかり名乗るのすら忘れていた。



「祐希くんですね。私の名前はテオファネイア・ルキアニア・セラフィナ・コスモフォリア・キリア・トーン・アステーロンです」

「ん?」

「えっと、テオファネイア・ルキアニア・セラフィ――」

「ちょっと待ってください。なんとお呼びすればいいですか?」

「『テオ』で良いですよ」


 何か、名前にある法則性というのはいまいち分からないが今確かに、初見じゃ到底覚えられない長さの詠唱をされた。


 ともかくテオ、と呼べば良いらしく小さく胸を撫で下ろす。


「じゃあ、テオ先輩。よろしくお願いします」

「そんな畏まらなくても良いですよ」


 エンジェル改め、テオはこれまたにこりとした笑顔を祐希に投げかけて彼が帰るのを見送った。祐希の姿が見えなくなった後、テオがその笑顔を少し歪ませた。


「ふぅ……ラッキーですね。とても利用する価値がありそうな方です」


 〜〜〜〜〜


「春川くん、今日私と一緒に放課後カフェにでも」


 と、頬を赤らめたヒューマンの知らない子から。


 ファルミラと言葉を交わした翌日から、明らかに声をかけられる回数が増えた。このように直接的な遊びに誘ってくる子はそれでも少ないが、連絡先の交換の打診は何回もされた。


 祐希はそれに基本応じている。ただそこに居るだけで、可愛い女子たちが自分に興味を持ってくれるのだ。こんなに良いことはない。


 しかし、それは逆説的にだが男保会の勢力が祐希の想像しているそれよりは、相当に大きいことを証明していた。あんなにも俗物的な集団なのに。


 今声をかけて来たのはヒューマンの子は髪はショートで顔はとても可愛い。その問いかけに祐希は頷きの返事を返そうとする。


 単純に、祐希は人脈を欲していた。可愛い女子に声をかけられるのも、男として嬉しいことだがそれ以上に知り合いを増やして高校生活を楽しみたいのだ。


 遠巻きに眺められる、観察対象のような立ち位置にいてはその目標は叶わないところだった。


「もちろ――」

「祐希!」


 承諾の返事を返そうとした瞬間、突然後ろから駆けてきた何者かにバコン、と背中を思いっきり叩かれる。その衝撃が背筋を通って脳へ。祐希の体勢が崩れる。


「あ、やっぱ、そうですよね。ごめんなさい」


 何かを察した女生徒がその場を後にする。「はあ」とため息をついた奏音が祐希のことを見下ろしていた。


「私が居るんだから他のヒューマンに移り気しないでよ」


 ぷりぷりと怒りながらそう祐希をたしなめたのだ。

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