ヒューマンの女生徒が去った後、場には祐希と奏音だけが残る。奏音は少し機嫌が悪そうだ。はあ、と一つため息が奏音から発せられる。
「奏音か。突然背中叩いてきたら痛いって」
「あんたが他の女の子に鼻伸ばしてたから喝を入れただけ。私は別にヒューマン以外の子になら何しようとどうでも良いけど」
ふん、とそっぽを向いた奏音。
「なんか最近、祐希のことを噂してる子が多いんだよね」
その姿勢も崩して、奏音は話題を振ってくる。それは恐らく男保会の影響であろう、と祐希は察した。もちろん彼女も知っていると思うが。
「それは、あれだろ。男保会とかいうやつに俺が直接出向いたから」
「はぁ!? あんた、会いに行ったの?」
「知らなかったのか。そうだよ」
「なんか、噂が広がってるって感覚かな。まあ元々男子ってだけで話題性は抜群だけど」
男保会が上手くやっているらしいが、どんな手法で噂を広める、なんてことをしているのか。祐希の脳内には疑問が浮かぶがそこを追求してもしょうがないと思って一旦話を変える。
祐希にとってはそれよりも、奏音が現れた時から目に入っているものがあった。
「あ、これ?」
その視線に気付いたのか、奏音もそれを祐希の前に持ち上げてくる。目に入っていたのは一つの袋だ。その風呂敷的な外見と、ここが学校であるという面、そして今が昼休みである点を全て考慮すると。
「弁当か」
「正解!」
それは弁当箱だ。しかしなんとなく、祐希は違和感を覚えた。それが明らかに一人分の量にしては大きい気がした。いや、この貞操逆転世界だと食う量も逆転――
「私、今日は自分で弁当作ってきたの。それで、その……いつも食堂浸りの祐希のために二人分作ってきてあげたの! だから……一緒に食べない?」
確かに祐希はいつも昼飯は食堂だ。というか、さっきのヒューマンの子にもそこへ向かう道中に呼び止められたのだった。そのことを思い出した祐希は彼女の提案に首肯する。
「いいよ、食べよう」
「ほんとに!? やった! いやあ、どうやって声をかけようかなってずっと考えてて……休み時間の時も声かけられないかなって朝から後ろに常につけてたんだけど、よかった」
「ストーカーみたいなことするね」
そのことは一旦置くことにして、奏音の提案により屋上で食べようと、そういうことになった。
「屋上なんて入れるの?」
「皆あんまり知らないけどね、実は入れるんだって。私もちょっと前に知ったんだけどね」
「ちなみになんだけど、一緒に中庭とかで食べるのはダメなの?」
「それは……そうだよね、この間イリナさんと食べてたから、そういうのも慣れてる感じ?」
「どこまで見てんの!?」
イリナの件について言えば奏音はたまたま見かけてしまっただけなのだが、祐希が苦笑する。
二人の通っている学校は二つの棟から成っておりどちらも四階。片方の、北棟校舎のみ屋上が開放されている。しかしそれを知らない生徒も多く、いざ行ってみるとそこに人は全くいない。
「マジで行けるんだ」
「言ったでしょ。私がいなかったら絶対知らなかったんだから感謝してよね」
太陽の陽が屋上のコンクリートに反射して、春という季節も相まって床暖房のような暖かさになっている。そこに腰を下ろして、奏音が弁当箱を開ける。
「おおー!」
小学生の時、遠足の時に食べたピクニックに来た時のような弁当を思い出した。奏音の手で握られたことが一目でわかる小ぶりのおにぎりが3個。おかずとしては、卵焼きとブロッコリーとベーコンを、恐らく炒めた物。そして後はソーセージやらミートボール。
「めちゃくちゃ美味そうじゃん」
「ほら、早く食べてみて」
そう急かす奏音に応えて卵焼きを口に運ぶ。
「……どう?」
そう不安そうに見つめてくる奏音。声には少し震えが混ざっていることが、祐希にも分かった。
「超おいしい! 中々こんな、同級生のご飯食べることなんてないし。ほら、奏音も早く食べなよ」
その言葉に勿論嘘偽りはない。程よい甘さがきいている、柔らかな卵焼きだ。あまり時間もないので祐希は弁当を次から次へと食べていく。その様子を見て奏音も胸を撫で下ろした。
祐希が弁当を食べてたとえ本当であっても「まずい」なんて言うはずは無い、と思ってはいたが実際に言われるまで奏音の内心は気が気でなかった。
「……ねえ、今日せっかくだから一緒に帰らない?」
奏音からその言葉が飛んでくる。祐希は一瞬勘繰ったが、口調や雰囲気から別に何か裏があるわけでもなく、純粋にそう聞いてきているようだった。
「もちろんいいよ」
祐希もそう返して、昼休みは終わった。
〜〜〜〜
あっという間に放課後になった。昼休みに、一緒に弁当を食べていた頃には晴れていたのに、午後から一気に空模様が変わり雨が降っていた。
「あちゃー。傘持ってきてないんだよな」
天気予報を見ておくべきだったな、と後悔する祐希。これはもう走って帰るしかないな、とそう言おうとして横にいる奏音の方を向く。すると彼女はバッグから折り畳み傘を取り出してくる。
「え、今日雨降るって言ってたじゃん」
「……」
祐希は自分が今から言わなければならない言葉を察していた。自分だけが濡れて、奏音が傘で帰る、と言うのは彼女にも遠慮させかねない。
「……ちょっと、傘に入れてくれない?」
「へ!? も、もちろん!」
二人の間だと祐希の方が身長が高いので奏音の傘を手に取って二人ともが傘の範囲に入るようにする。
奏音の耳が赤くなっているのが見える。雨で空気が冷えているのにも関わらず。
「じゃあ帰ろうか」
若干、祐希も気恥ずかしい思いをしつつ。ゆっくりと歩を進める。高校から家までの距離はそこまで無い。歩いて十分もかからない程度であるし、二人同士の家も近い。そこはさすが幼馴染といったところで、このままドキドキ下校デートが成立する予定だったのだ。
校門のあたりまで進んだところで、先に気づいたのは祐希だ。
「来た! おーい、祐希! このお姉ちゃんが傘を届けに来てやったぞ……ん?」
傘を忘れた祐希のために、そしてあわよくば相合傘をして一緒に帰ろうとしていた凛の目に二人の相合傘が写ったのはほんの数瞬後のことだ。