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第15話 不穏な下校

 雨が降りそそぐ下校時間。生徒たちが思い思いに下校する中、凛の目に祐希が映る。


「来た! おーい、祐希! このお姉ちゃんが傘を届けに来てやったぞ……ん?」


 それと同時に祐希と相合傘をしている奏音の姿も映ったのだ。


 その日の朝、天気予報を見ながら朝飯を摂っていた凛は天気予報で夕方から雨が降ると言っているのを聞いて、祐希が傘を持っていってないことに気づいた。


 折り畳み傘を持っていっているだろう、その考えが浮かんだ直後に別の思いが噴き出た。


 『濡れたらいけないから、と言う理由で傘をもって校門前で合流すれば下校デートが成立するのでは?』と。


「……危なかったな、これは」


 その凛の呟きは雨音でかき消されて誰にも聞かれることはなかった。


「祐希、この人お姉さん?」


 そう言う奏音の声が少し震えていることに気づいたのは祐希だ。


「まあそうだね……うん」

「んー? 君は……」


 祐希が曖昧な肯定を口にするのと同時に、凛からも訝しむような声が聞こえてくる。


「えーっと……確かね……そうだ! あなた立川たちかわさんでしょ!」


 昔の記憶を必死に辿ったのか、膝を打って凛がそう言い放つ。直接会ったのはもう何年も前だったらしいが、ご近所さんでもあるから脳の片隅に名前は残っていたらしい。


「そうです。立川奏音って言います。それで……お姉さんは迎えに?」

「そうだよ。とりあえず祐希の分の傘は持ってきたから。ほら」


 そう言われ祐希は、凛が家から持ってきた傘を受け取る。そこから三人とも一人一つずつの傘を共にしてゆっくりと帰路を辿っていく。


 ザーザーといった雨の勢いが増していって、本格的に世界が濡れていく中。


 三人で一番最初に声を上げたのは祐希だ。なんとなく、この鼎談に嫌な雰囲気を感じ取っていた。尤も理由は明白であろうが。


「今日、雨降るなんて全く知らなかったよ。昼休みの時は全然いい天気だったのに」

「そう言うと思って天気予報を見てた私が傘を届けにきてあげたの」


「祐希くんとお姉さんって何歳離れてるんでしたっけ?」

「んーっと、三歳かな」

「ってことは今、大学一年生――」

「いや、この人浪人してるから」

「それマジで言わないで。なんかこう、色々と透けるから」


 その凛の真剣な眼差しに奏音が思わず少し吹き出してしまう。


 表面上はそれなりに上手くいってそうなコミュニケーションが少しの間繰り広げられて、学校から続いている大通りを抜けて路地に入った頃。


 周りに人も居なくなる。大通りの方向から車が通過していくホイール音だけが環境音として聞こえているような時に、凛が明らかに行動を変えた。


「それでさ、立川さんってこの子といい感じだったりするの?」


 そう言いながら、凛が祐希の腕に彼女自身の腕を絡めてくる。前の世界では恋人同士でしかやらないような、密着した腕の組み方だ。それに祐希も驚くが、それ以上に奏音が表情を曇らせた。


「まあ、そうです。高校になって再会して、仲良くしてくれてます」


「いいねえ。めっちゃ青春って感じがしてて。あー、私も高校生の時に戻りた――いや、それはなんか悲しくなるからやめよ。ともかく。別に祐希とは仲良くしてくれるのはいいけどって感じだな、


 その発言に祐希もさすがに攻撃性を感じたと同時に凛の意図も汲み取れた。



 この世界では姉と妹といった近しい親等同士の結婚が当たり前になっている。この世界では希少とされている男は、肉親との依存関係になりやすい。


 だから近親婚によって様々な面で男性の保護やサポートを行う。そういう制度だ。


「祐希くんとはいつも仲良くしてもらっているんです。いや、本当に。それだけです」


 そう、奏音が苦しそうに言葉を絞り出した。


 祐希はこの状況に何も言葉を出せなかった。何故なら声を出すことが正解なのかすらわからなかったからだ。


 この世界において近親婚とは伝統の側面を持つ。貞操逆転かつ歪な男女比を持つこの世界だからこそ出来た制度だ。


 女性は性欲に従順で、男は狙われやすい。そんなことを言われることは多い。


 その中で同種族の親族とは複数人――人によってこれは異なるが――いる妻の中心になって調整を行う正妻の役割を背負うものらしい。婚姻制度だけが封建制に逆戻りしたようで、祐希にはにわかに信じられなかったが。


「ここ曲がったら私の家なので。またね」

「じゃ、じゃあね」


 そう言って奏音と別れる。たった十数分程度の下校の時間もこれで終わりだ。一瞬で過ぎたように感じられた時間だが、祐希の中になんとなくのしこりを残した。


  別に近親婚は絶対にしなければならない、というわけでもない。実際姉や妹がいない男というのも存在するのだから。しかし、明確に役割にふさわしい者がいるのに、そして本人にその意志があるのに、望ましい位置に据えないといういうのも些か矛盾している。


 奏音が明らかに肩を落として帰っているのが見える。彼女の手には昼休みに共に食べた、弁当が握られている。


「さ、帰ろ」


 凛がそう無邪気に言ってくる。こっちは少し満足げにすら見えた。


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