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第16話 ベッドで感じる人の温もり

 人間が他人に対して求めていることはなんだろう。考えてみると、間違いなく「他人に認められること」というのはその一つだろう。


 なぜなら世界というのはただ生きているだけでは自分を認めてくれないからだ。誰しも、自分のことを無条件に受け入れてくれる人を探している。




 奏音と凛、そして祐希の三人で一緒に帰途を辿った日の夜。夜も更け日付が変わろうとしている頃のことだ。突然に祐希の部屋がノックされた。


「入っていいよ、何?」


 そう返すとドアが開き、ノックの主が明らかになる。凛だ。二人の部屋というのは両隣で設置されている。


 しかし、この時間に彼女が部屋にやってくるのは随分と珍しかった。というか、祐希が前世のことを思い出してからは初めてだ。ドアのところに立っている凛は小さな声で問うてくる。


「もうそろそろ寝るところ?」

「まあ、そうだね」


 なんとなく、曖昧な返答をする。凛の視線が自分に向いていない。祐希を見ていないというよりは見れない、という雰囲気だ。緊張しているように見えた。


「それで、どうしたの?」


 質問をぶつけてみるも「えっと……」と、口ごもる凛。もじもじとしている、その身体の動きを見ているとスタイルの良さが余計に際立つ。


 寝るためだけに着ている、その伸縮性のあるパジャマが凛の胸によって圧迫されて盛り上がっているのがどうしても視界に入ってしまう。それを見て、祐希もなんとなく気恥ずかしくなって目線を逸らしてしまう。



 そんなことをしていると凛がこほん、と咳払いをして本題を話し始める。


「今日、祐希のベッドで一緒に寝てもいい? 私もちょっと寂しいっていうか」


 そう早口で口を動かしながら祐希との距離を詰めてくる。それに驚いて祐希が少し後退りするとちょうどそこがベッドで、祐希がバランスを崩してしまう。それに凛も追従した。


「ねぇ、いい?」


 押し倒されたような形になり、凛の両掌が祐希の顔のすぐそばに落とされる。二人の顔がすぐ目の前にまで近づく。凛の妙に湿っぽい温度感を含んだ声が祐希の耳朶を震わせた。


「……いいよ」


 目の前で見る彼女の頬の赤さに、祐希は頷くほかなかった。そう言うと凛は安心したように小さく笑った。


 〜〜〜〜


 面積もないシングルベッドに二人で身を寄せ合う。身体と身体がぶつかる。特に、腕に当たる胸の感触に思わず祐希は身じろぎした。


 でもそれに構わず凛はもっともっと、と乞うように身体を近づけようとしてくる。祐希は猫に追い詰められた鼠よろしく、壁に追い詰められる。


「私のことぎゅってしてくれない?」


 そう言われて、布団の中で凛が祐希の手を掴んで手繰り寄せるように腰に手を当てさせた。祐希の手に、柔らかく細い彼女の腰の感触が伝わってくる。パジャマの布が薄いこともそれに手伝って、どこか特別感のような。


 祐希が凛のことを抱いている、そんな姿勢になった。


「安心するなあ。昔も、よくこうやって一緒に寝たよね」


 凛がそう言って更に二人の距離が近づく。もうほぼ「ゼロ距離」だ。


「ねえ、祐希は私のことどう思ってる?」


 小さく凛が呟く。そう聞かれると祐希は咄嗟に言葉に出てこなかった。彼女が自分に対してのっぴきならない思いを持っていることは火を見るよりも明らかだ。


「俺のことを大事にしてくれて感謝してるよ」


 そう言うと凛がふふん、と鼻を鳴らした。少々誇らしげで、その中にある姉としての矜持を感じた。


「祐希が男として生まれた時に、絶対弟を守っていきたいって思ったの。だから私は祐希の特別になりたいんだ」


 そう、呟いているのか話しかけているのか。もう夜も遅く眠気が祐希を襲い、まどろみの中で静かに話す凛の声に耳を傾けていた。


「私にとって、こうやって祐希を守って、頼れるお姉ちゃんとしていられることがとても嬉しい。ヒューマン以外で祐希と愛し合うような、そんな子もできるかもしれないけれど、そうなっても最後まで祐希のことを守れるのは私だけだから」


 そこに親愛の感情を感じ取りながら、祐希は眠りに落ちた。


 〜〜〜


 祐希が朝陽を感じて目をさます。時刻はすでに午前八時を回ろうとする頃だった。つまるところ遅刻のデッドラインすれすれというやつだ。


「やべえ、寝過ぎた!」

「んぁ……もう朝?」


 凛の、他人が横に寝ていたから、その温もりが暖かくて寝過ごしていたのかもしれない。そんなことを祐希はふと思った――がそれどころではない。


「とりあえず! 今日は朝ごはんはもういいから、さっさと制服に着替えて家出ないと!」

「ちょっと……私がいるところで脱がないで!?」


 一気に部屋の中に喧騒が生まれる。いや、こんな忙しい朝にラブコメ展開やってる場合じゃねえ、とそう言いたげに祐希がお構いなく着替えを始める。


「マジで! 本当に怖いって言ってるの! 誰にでもその裸見せてない!?」

「見せてないから! ってか下着はつけてるじゃん。いいから、今の俺は生活指導教師からの怒られの方が怖いしだるいの!!」


 手短に身だしなみをチェックし家から飛びだす。その顛末を見た凛からは乾いた笑いが出る。


「騒がしいなあ……」


 そうぼやきながらも、凛は脳のメモリに咄嗟にチラ見して保存した、祐希の下着姿を思い出してニヤニヤとするのだった。

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