目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第21話 過去の思い出

 古ぼけた色をした滑り台。鎖の部分が錆びていて、揺らすたびにキーキーと音を立てるブランコ。安全上どうなんだ、と祐希も内心突っ込むがノスタルジーさを感じさせるには十分な要素だった。


「わ、低い」


 奏音がブランコに座ってそう言葉を出した。それに追従して祐希も座ってみると、確かに座高が異様に低い。子供用だからだ。


「座ってたら腰痛くなりそうだなこれ」


 そんなぼやきに奏音が同意する。でも、十数年も前にはこれに乗って遊んでいた。このブランコは自分たちの体に最適だった。


 まだ思考として、幼児特有の自己中心的な世界観を持っていたことを考えてみる。そう考えてみると、ブランコは自分たちのために作られていた。というか、この世界そのものが自分たちのために作られていた。


「小学校低学年の頃、ここでよく遊んだの覚えてる?」

「もちろん」


 もう子供達が遊ぶ時間は超えているのか、周りに遊んでいる子供はいない。この古くて寂れた公園も、かつては奏音にとっては聖域だった。


 この寂れた様相も、よく考えると昔からずっとこんな感じだった気もしてくる。ただ、どれだけ遊具が錆びていようと、どれだけ雑草が生えていても、ここが二人だけの聖域だったことは間違いない。


 そこでは誰も邪魔できない。


「毎日のように好きなだけ遊んで……子供の頃って良かったよね」

「今も十分子供だろ」


 奏音の憧憬じみた物言いに祐希が笑いながらツッコむ。祐希の言う通り二人は別に、何か変わったわけでもない。


 祐希は前世のことを思い出したせいで、ひょっとしたら性格が変わっているのではないかと思ったこともあるが、いまだに指摘されていないので一旦大丈夫だろう。


「まあ確かに子供かもしれないけど。そうじゃなくて、じゃん。どうやっても」


 奏音は周りの友達が祐希に恋愛的な興味を示すたびに不快感を感じていた。それはどうも今考えたら一種の独占欲だったのだろう。しかし、本人はそんなことを微塵も自覚しておらず、むしろ恋愛という行為を唾棄同然の態度をとっていた。


 祐希とは親愛の象徴だったのだ。


「ま、それはそうかも。だって今は課題とか永遠にあるし」

「……そうだね」


 そんな会話をしながら奏音がブランコに座っていた足を動かして、地面を蹴る。すると、もちろんブランコは弧状の軌道を描いて揺籠に乗っているかのように奏音は運ばれる。


「ちょ、すご! めっちゃ怖いんだけど」

「大丈夫か?」

「やば、気持ち悪くなってきた」


 ブランコが下降していく時に引っ張られるような感覚が奏音を襲う。それが脳を揺らすような気持ち悪い感触に伝わり、その座高のアンバランスさも相まって。


 祐希はそれを見て、少しやばそうだと。そう思って、咄嗟に自分はブランコから降り、ブランコに乗っている奏音の後ろ側から減速の力をかける。


 奏音の背中を優しく、でもそれなりの力で引っ張ると段々と速度が落ちていき、3回ほど繰り返すとブランコは咄嗟に止まった。


「……また触った?」

「ごめん、けど背中だけだし。それに酔いそうな顔してたから」

「それはそうだけど……もう!」


 奏音が憤ったような仕草を見せるがその反面で耳は赤い。恥ずかしくなっているのが傍目でも丸わかりだ。


「そんな、後ろからハグとかほんとにやめて。心臓が持たないから」

「別にハグはしてないよ、奏音の背中のところをちょっと――」

「うるさい! とりあえず照れるからやめてって言ってんの!」


 そうやって怒る姿も可愛いと、そう言おうとも思ったが、そうするとまた怒られるからやめようと祐希は密かに思って、微笑んだ。その意味深な笑みに奏音の顔はまた一段赤みを増すのだ。


 ーーーーーーー


 ある日の昼休み。食堂でたまたま、というかの姿をまた見つけたドワーフは奏音に近づいた。話しかけてみると、どうやら奏音も覚えてくれているらしかった。


「確か、アストリッドさんでしたよね」

「うん」


 その問いかけに軽く頷くとアストリッドは奏音の目の前の席を陣取る。


「あの時は、ありがとうございました」

「そう言うってことは上手くいったのか?」


 前回、祐希とイリナが一緒に昼食をとっているところを目撃してしまった奏音はそれを見て打ちひしがれていた。そこを、たまたま出会ったアストリッドにアドバイスを貰ったことで映画館デートを決心することができた。


 そしてアストリッドはホルティスの彼女だ。奏音にとっては一学年上であることも相まって恋愛の師匠のような存在だ。


「実は――が、――ってことがあって――」


 奏音はことの顛末をかいつまんで説明する。映画館デートにはこぎつけてその夜ラブホテルまで行ったこと。祐希自身に自分への気持ちがないわけではなさそうであったこと。そして何より、彼に姉がいて牽制されたこと。


 そのことについての自分の気持ちも。


「お姉ちゃん……うーん、それは難しい問題やなあ」

「やっぱりダメなんでしょうか」


 そう改めて言葉に出すことで奏音の目が涙で満たされそうになる。残酷な現実が。


「あー、泣くなって。頼むから」

「ごめんなさい」


 その様子を見てアストリッドが「よし」と声を出した。


「じゃあ、私が今から秘策教えてやるから。聞きたいか?」


 その声に奏音は出かかっていた涙を抑えて、静かに頷いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?