もぐもぐと、激安大盛りカレーライスを頬張りながら、アストリッドは話し出した。奏音が落ち込んでいるのを見て、一度関わった者として少し思うところもあった。
「姉ちゃんとか妹がいる男っていうだけで、同種族の女は諦めざるをえないことがほとんど。それは常識中の常識や」
「……でも、私、祐希のことが好きなんです」
奏音が彼に抱く感情は、もう親愛だとか敬愛だとかの類のものじゃなくなった。そのことに向き合えるようになったのも、つい最近というのに。
「あんなに祐希に対する下心を嫌悪してた私が、祐希に恋してるって自覚したとき。自分が嫌いになったんです」
「自分が自分の嫌ってる存在になったからか?」
「はい。でも同時に、祐希に近づいてきた彼女らの気持ちが痛いほどわかったんです」
奏音は昼食のうどんに手をつけずに、ただ心のありようを吐き出していた。
「彼氏っていうのは私たちにとって、ステータスの一面もあるじゃないですか。でも、確かにそうなんだけど、それと同時に彼女らは祐希のことが好きだったんです」
ずっと、祐希のことを友達と思い、そして恋愛という概念について曖昧な感覚しか持ちえなかった奏音。
奏音にとって祐希に近づいてくる女子たちは、彼氏を得たいという功名心のようなものだけを持っている。そう思っていた。
「それで気づいたんです。祐希から恋愛の機会を奪ったのはもしかしたら私じゃないかって。だって、恋愛を知ろうとせずに祐希に一番執着してたのは私だから」
この貞操逆転世界において、というかどの世界でもそうだが、恋愛という概念は非常に歪で曖昧だ。
特に、この世界において恋心と友情は区別が難しい。女性同士の恋愛は当たり前、しかし実際に子孫を残すために恋愛する必要があるのは男相手、しかし男はいない。
そこまで聞いてアストリッドがため息をつく。
「だから、姉ちゃんがいて、自分が恋愛できないのは罰みたいに思ってるのか?」
「だって、そうじゃないですか?」
それに対して奏音もため息をつく。
「私らドワーフがよく使う言葉がある」
奏音の雰囲気とは裏腹に、明るげな声をしてアストリッドが話し始める。
もう周りの生徒たちが昼飯を食べ、教室に帰るためにガヤガヤと騒いでいた。
「ドワーフの誇り、っていう言葉があるんだ。ドワーフっていうのは昔から炭鉱作業で肉体労働をしてきた。だから私みたいに、こういう体型になる個体が多いね」
いやそれは因果関係が逆なのではなかろうか、と奏音は密かに思った。アストリッドは確かにドワーフらしい体型だ。
まず、燃えるような赤々とした髪にずんぐりとしたフォルム。見るからに筋力があることが分かる腕に、豊満な胸。
そして低身長なのもその見た目の印象に一役買っているだろう。
「ドワーフの誇りは私たちを強固に結束する。祭りや宴会は大好きだし、酒もほとんどの個体が大好きだ。確かに頭はそんなに良くない個体が多いけど、力仕事はみんな得意。ヒューマンが困ってたらどうにかしてやりたいってのもそうだな」
にやりと笑いながらそう言う。確かに、豪快な気性のイメージがあるドワーフは頼りになる存在だ。
「その男の子の、恋愛を自分が阻んでしまったと思うならやることは一つやない?
「一つ?」
「責任を取る、少なくとも取ろうとすべきやないんか?」
アストリッドは、弱音を吐く奏音に対してもどかしさを感じていた。確かに姉妹という存在は大きな障害だ。
しかし、ラブホテルに二人で行けるほどの仲なのに告白をせず一人で諦めるのはダメだと思った。
「でも、姉妹と結婚しない男の人って聞いたことないです」
「そりゃ男の人自体が珍しいからな。でも、まだ振られてはないんやろ?」
その問いに小さく頷く。本当に自分ができるのか。そんなことばかりぐるぐると思考を巡る。
「分かりました。やってみようと思います」
迷って、怖くてどうしようもないが、アストリッドの言葉に発破をかけられた。だからチャレンジしてみようと思った。
「今度、家に来ないかって誘ってみます」
「お、その意気や」
にっこりとアストリッドが笑う。奏音にも決心がついた。
「……あれ? アストリッドだ」
背後から突然声をかけられた。奏音が振り返ると、よく見慣れた顔が現れた。
「ホル! こんなところで会うとはな」
嬉しそうな声色でアストリッドが応える。席を立って、ホルティスを抱きしめるアストリッド。
「ちょっと……」
奏音からそう声が出るものの、もう昼休みも終わりかけだ。食堂から人はほとんど居なくなっていた。
「はいはい、離れて……ほら、よしよししてあげるから」
「んー」
そう言いながら頭を撫でるホルティスと撫でられて満足そうなアストリッド。少し見てはいけないような物を見たような気分になって、奏音は黙って立ち去ろうとする。
「奏音!」
「ひゃ、はい!」
そう黙って立ち去ろうとしていた時に声をかけられた。
「怖いかもしれないけど大丈夫。毎日こうやって、好きな人に愛される幸せを考えたらそんな恐怖なんて多少のもんだろ?」
この世界では告白は普通、というか当たり前だが女性から行うべきとされる。告白は怖い。どのような結果になろうとも関係性を変えてしまうからだ。
自分の、祐希に対する親愛の感情を崩すのすら怖いと思ったのに、他人が自分に向けてもらっている心持ちを自身の言葉一つで崩落させてしまう。それがどれほど怖いか。
「……精一杯、頑張ります」