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第23話 一言が背中を押す

 祐希はなんとなく、奏音に対して後ろめたさを感じていた。祐希と奏音、そして凛の三人で下校したあの日に見せた奏音の悲しげな表情はずっと、心に残り続けていた。


 祐希にも、まだ自分がどうするべきかなのか、正解がなんなのかを見つけることはできていない。社会通念上では、間違いなくこのまま凛の好意に甘える事が正義であったからだ。



「じゃ、じゃあ、春川くん……今日一日よろしくお願いしますっ」


 休日の午前十時。駅前で待ち合わせた相手はギルドラ・ルーンスミス。その華奢な身体と可愛げなふわふわの雰囲気が特徴の、妖精とも見紛うような見た目のドワーフっ娘だ。


「今日はわざわざありがとうね」

「いえ! こっちこそ、私でいいのかな……って思ってます」


 本日ギルドラとお出かけの形になったのは、奏音の誕生日が近いことが明らかになったからだ。あの時の詫びの意味も込めて、そしてその他の諸々の気持ちが渦巻く中。何かプレゼントを送ろうと思った。


 しかし、祐希には前世を含めて異性にプレゼントを贈った経験というのがゼロである。元の世界でも何を贈るかなんて知らないのに、この貞操逆転世界では何が常識になっているのか。


 一人で正解を弾ける自信はなかった。


「本当に今日は私で良かったん……ですか? お姉ちゃんの方がこういうのは詳しいし……」

「全然いいよ、俺こそ何も知らないし」


 当初は、ホルティスに導いてもらおうと思って連絡をしていたのだが、向こうは恋人のデートが入っているだとかで。予定が空いていた妹にお鉢が回ってきたと言う顛末らしい。


 もちろん、祐希からすると誰だろうと助かる。奏音本人に「何が欲しい?」と相談するわけにもいかないので。



「お〜……この世界でこんなとこ初めて来たな……いや、なんでもない」

「この辺はファッション系のものが売られてるとこ……かな。やっぱり、誕生日なら食べ物とかじゃなくて身につけられるものの方が、その人の存在を感じられていいんじゃないかな……」


 確かに、身につけられるものは普段使いもできるし良い気がする。いや、しかし、本人のお眼鏡にかなわなかった場合気まずい。金を出すことはできても、その気持ちが相手に届くとは限らないのだ。


「文房具とかはどう? 消耗品だけど長持ちするし」

「いいと思います。同じのを買って、お揃いにすると一体感があっていい……かも」


 その提案に頷きながらも、それは気恥ずかしい気もする。


「でもペアはさすがに重くない?」

「そう……? カップルだったら全然あることだと……」

「ちょっと待て、俺ら別に付き合ってない」

「え!?」


 やや小声気味で可愛らしく喋るギルドラの声が跳ねて、今日一番の大声だ。


「ご、ごめんなさい! 私ずっとお二人はお付き合いしてるのかと……」


 焦ったような声色でギルドラが喋る始めるのだが祐希もそれをすぐに宥める。確かに、周りから見るとそう言われても仕方ない距離な気はする。特にこの世界において。


「いや、本当に。気にしないで」

「確かに、それじゃ文房具が……かもしれないですね」


「ちょうどいい」という言葉が祐希の胸に刺さった。確かに、ただの友達同士ならそれでちょうどいい。別に、プレゼントとしての文房具を貶すわけではない。しかし、自分たちの関係が友達という関係に収められることに祐希は、少しモヤっとした。


「……いや、やっぱり文房具やめるわ」

「え? あ、そうなんですか?」


 モヤっとしてしまった。自分が、奏音のことをどう思っているのか。そのことが今、表面化した気がした。


 自分はどうするべきなんだろう。おそらく、正解は奏音と距離を取ることだろう。凛とこのまま関係を続けることはメリットも大きい。凛は可愛いし彼女みたいな人が迫ってきてくれる存在になれることは嬉しい。


 気持ちが切り替わった気がした。さっき、物色していたものの中に、「良いな」と思った物があったことを思い出し、その場所に戻っていく。


「たとえばさ……これ、とかどう?」

「でも、いいんですか? さっき……」

「いや、いい。これが良いなって思ったんだ」


 ギルドラはその祐希の発言を聞いて少し怪訝に思ったが、深く頷くと「きっと喜んでくれると思います」と太鼓判を押した。祐希自身も悪くない、と思った。


 凛も奏音も、二人とも祐希にとっては「友達」という言葉では収まりきらない関係性がある。けれど、その二人には決定的な違いがあると思った。


 これは選択だ。どちらを選ぶのかという、道を選ぶフェーズに入っているのだと、祐希は自覚した。



「……俺、ってしたことないな」


 そう祐希は小さく呟いた。



 商品をレジに通した後、祐希の中に積もっていた焦りも少し解消され、穏やかだった。覚悟を決めた。


 ギルドラのたった一言だったが、自分たちの関係を既存の構造に当てはめたくなかったから告白しようと思った。


 そんなことをうっすらと思いながらも、ギルドラと雑談をしながら一緒に歩く。


「そういえばもうすぐ中間ですよね……やばいな、自信ないな……」

「……え?」

「え?」


 学生との会話の間で交わされる「中間」という言葉の意味は一つしかない。


 定期テストが迫ってきている。


「中間テスト……最近別のことを考えてたせいで忘れてた……完全に……何日にあるんだっけ!?」

「確か……28日から3日間のはずです」


 急いでカレンダーを確認する。彼女の誕生日は……29日だった。


「マジかよ……」


 ギルドラの一言により鼻っ柱を折られた。誕生日祝いは少しの延期といったところである。テストが終わるまでの。

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