「……ん? 電話?こんな時間に……」
デートも終わり、ゆっくりと家でテレビを見ながらくつろいでいたホルティスの元に一件の着信。発信元は「祐希」。なんとなく嫌な予感がした。
「はい、もしも――」
「ホルちゃん! 申し訳ない、ギルちゃんが酔っちゃって! 家まで送りたいんだけど、ギルちゃんも、的を得てなさそうで……メッセージで住所送ってくれない!?」
「あー……苦労をかけるな……」
ホルティスは妹の起こした粗相に苦笑いをした。
〜〜〜〜〜
少し冷たい風も肌に触れてきて、夜空の星光る夜。
「春川くん〜ねぇ、もう帰っちゃうの? えへへ……」
「家まで送るからまだ帰らないよ」
今にもひっついてきそうなギルドラを横目に祐希は地図を確認する。ギルドラは、別に意識ははっきりしているが、どうも受け答えがしっくりこない感じだ。適当に脳内で思いついた言葉を垂れ流しているように見える。
「いやぁ……今日のお酒は美味しかったなあ……」
「俺はわかんないけどね」
祐希も改めてネットで検索をしたのだが、どうやらヒューマンは元いた世界と変わらず二十歳まで飲酒の許可が降りないらしい。そしてドワーフがその例外であることも、確認できた。
「よし、そんなに遠くないね。行こう」
「どこ?」
「ギルちゃんの家。ほら、危ないから手握って」
まずいと思った。急に走り出しでもしたら危ないから、という理由で咄嗟に「手握って」と言葉を出した。
しかし奏音とのやりとりを思い出し、それはさすがにまずかったか、と手を引っ込めようとする。それに少し、子供扱いしているようでギルドラが嫌な思いをするんじゃないかとも。
「……うん」
しかし、その引っ込んでいく手を追いかけるようにギルドラが祐希の腕を掴んでくる。
「じゃあ、いこ」
夜の暗さと、ぽつりぽつりと道に並ぶ街灯。目の前もあまり見えない中、そうしてギルドラの小さく呟いた寂しそうな声が祐希の耳朶を震わせる。
「……っ」
いつも敬語のギルドラは酩酊による影響からか、タメ口で、しかも少し甘えたような雰囲気で語りかけてくる、この状況に祐希がドキリとしてしまう。
ギルドラの長髪がちょうど祐希の腕に何度も何度も当たってくる。それも祐希にとって何か変な気でも起こさせるんじゃないかという刺激へと変貌する。
「春川くんって大変じゃない?」
「ん? なんのこと?」
突然に、ギルドラが語りかけてくる。強く掴んできた腕はその身体の大きさに似合わず強くて、少し痛い。本当に、ドワーフの力強さを感じた。
「だって、男の人なんて滅多にいないでしょ? だから皆にさ、色んな目で見られるんじゃないかなって」
「まあ、それはそうかもね」
別にそれに対して役得さを感じている身としてはやや返しにくい質問ではあったが、ギルドラの発言を完全に否定することはできない。
「ギルちゃんはなんで、そんなことを?」
「え? なんでだろ〜。でも、周りの声なんて気にした方が負けじゃない? それに、私はドワーフだから……ヒューマンの相談に乗るのはドワーフとしては当たり前というか……へへ」
ホルティスとの会話でも、ギルドラの会話でも出てきたワードだ。「ドワーフの誇り」。ドワーフはどうやら、自身の種族に異様なアイデンティティがありそうなことは察せれた。
ヒューマンに恩がある風に考える姿は、元の世界で「遭難した船を助けてもらったことがきっかけにして国交が活発になる国同士」みたいな、そんな雰囲気を感じる。要は誇り高いというか、なんというか。
「ほら、もうちょっとで家じゃない?」
「お姉ちゃん?」
マップアプリで経路をたどりながら、表示がもう数十メートルに達した住宅街を二人で歩く。時刻はもう21時を超えている。やはり店で喋りすぎたのだろうか。
女子を、こんな時間まで拘束してしまったことを悪いと思いながら……いや、この場合逆なのか。
「俺が、拘束された側、なのか?」
そんなことを祐希がぼやきながら、到着する。外見はただのマンションだ。ただ、その入り口にホルティスが立っているのが見えた。
「ホルちゃん! 外で待たせてごめん」
「いやあ、それは私のセリフ。私が迎えに行けばよかったなって後で気づいたよ」
「お姉ちゃん!」
そう言いながらギルドラが彼女の胸の中へと収まっていく。姉に甘えるギルドラにまた、祐希の視線が釘付けになる。
「私の胸見てるのか? 君は」
「いや、あー! 違う! ギルちゃんの! ギルちゃんの方見てたの!」
「ふーん……まあ、今度は祐希を私が送るから」
「え、そんなのいいのに――」
そこまで言って、先ほど自分で考えたことを思い出した。
成程そうだ。ギルドラの目線からすれば自分は拘束させられた側で、「夜道に帰る女の子を家まで送る」は「夜道を帰る男子は家まで送らないと」になるわけだ。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「了解〜。私、一旦ギルを部屋まで送るから、待ってて」
意図せずホルティスとの歩き散歩も決まってしまった。今度はシラフの奴だから別にいいか、と思いながら。二人は軽口を叩き合いながら楽しく帰途に着いた。