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第26話 夜の散歩 その2

 夜21時30分、暗がりの住宅街の中で祐希とギルドラは二人、夜道を歩いていた。夜は静かで、二人の歩く歩く音がツカツカと、空へと響き渡っていくように思える。


「今日はギルのこと、ありがとうね」


 ホルティスがポツリと呟いた。彼女の明るい色の髪が、夜の暗さとぶつかって。横を見ると薄暗くなっている彼女の頭が見える。


 身長差があるから、その高低差から少し意図して見ようとしないと顔が見えないのだ。ホルティスがどんな顔をしてるんだろう、と気になった。


「俺だって、ギルちゃんのおかげでプレゼントを買えたからお互い様だよ」


 祐希にとっても、この先どう転ぶか分からないからどうも言えない部分はあるのだが。しかしギルドラは良いアドバイスをくれたし、話し相手でもあった。


 それで、今日一日の流れを祐希の頭の中で思い返してみる。



 すると、ギルドラの酩酊姿がどうしても思い浮かんでくる。どうしても印象深い姿として祐希の心に刻み込まれていた。


「それにしても、ドワーフって結構酔うんだな」


 祐希が率直に思ったことだ。それにホルティスがぴくりと反応する。


「いいや。決してドワーフは酔いやすいわけでもないけどね」

「え? そうなの? でも……」


 祐希の脳裏にはやはり彼女の酩酊と、それに伴う可愛らしい言動が耳に残っていた。アルコールのせいで顔は赤らんで、腕に身体を寄せてくる。それを可愛いと言わずなんというのか。


「私はあんまり酔わない方。それに、ドワーフはあまり酔いにくい傾向がある」

「ほう、じゃあギルちゃんは――」

「結構酔いやすいんじゃない? 特に友達とちょっと話しながら楽しく飲んだだけで、だからな」


 親が両方酒に強ければ、遺伝子的には子供もアルコールに強いことが多い。それは別に種族関わらずそうだ。よってギルドラは少し例外ということなんだろう。


 ギルドラによると、別にドワーフでも酒は飲まない個体はいるらしかった。だから彼女自身も気にしていないのか。


「今日は楽しくなって、つい飲んじゃったんだろうね」

「なるほどね……まあ、それだけ俺と一緒に遊ぶのが楽しかったって思ってくれてるならいいか」


 今日は元々、埋め合わせで来てくれていた。だから彼女が楽しかったなら喜ばしいことであることに違いない。



「そういえば、今日はヒューマンの……奏音へのプレゼント購入だったんだろ?」

「うん。おかげでいい物が買えた」


 ホルティスと奏音――もちろん祐希も――はクラスメイトだ。まだ一緒のクラスになって一ヶ月そこそことはいえ、それなりにお互いの雰囲気は掴んできただろう。


 それにこの、恋愛アドバイザー感のあるホルティスを顧問に据えればプレゼント対策は完璧だろうと思ったのだ。


「ちなみに何を買ったの?」

「えっと……これ……」


 そう言ってスマホで自分が買ったの画像を見せる。それを見てホルティスも「ふーん……いいね」と満足げだ。


「妹がちゃんと仕事をしたようで良かった」

「俺一人だったら絶対、カスのセンスの服とか買ってるとこだった」

「良かった、本当に」


 ホルティスが大きく呼吸をして、祐希の方に目線を向けてくる。その目線や何かを頼みに来ているように――


「君も君で大変だと思うけど、そこにギルの居場所があってくれたら嬉しいと思う」

「いや、別に……俺は大変じゃないよ」


 それは本心で言った。確かに全てが絶好調とは言わないが、祐希は楽しい日々を送れていると思っている。それにこの世界の性質から、祐希に好意の目で見てくる女性がほとんどだ。


 そのことは、祐希の気持ちを高揚させるには十分な材料だ。


「だから、ギルとはよき友達でいてやってくれないかな……ひとまずね」

「何言ってんだよ」


 あまりホルの口からは聞かないタイプの言葉だった。普段の彼女はあまりこういう、シリアスなことを真剣に頼むクチではない。だから少し違和感があった。


「ギルちゃんは、もちろんお前だって、俺の大事な友達だよ」

「……ならいいんだ」


 その会話のあたりで、二人の影が大通りに出ていく。深夜でもお構いなしに、動く車が横で通り過ぎていく感覚を感じながら。祐希たちは帰途を進んで行った。


 〜〜〜〜〜〜


 家の扉が開くと同時に、駆け寄ってくる足音を祐希は聞いた。


「……ただいま」

「祐希よ! よく帰ってきた!」


 やってきて、仁王立ちになった凛。その姿に祐希はじっと目を細める。


「何ぃ? そんな顔で見てきて……もしかして視姦!? 視姦なの!?」

「違うわ」


 祐希の脳内で巡り巡っていたのは全く違うことだ。いや、真反対と言っていい。手元にあるプレゼントが意味することだ。


「いやね、今日はお母さん、帰り遅いんだって」

「あ……そう、なの?」


 親が仕事柄よく仕事が遅くなる。そして、凛はそれを言うたびに絶対に、決まって言う二の矢の発言がある。


「今日一緒に寝ようよ」


 前に一緒にベッドで寝た時。あれから凛がよく同衾を誘ってくるようになった。別に何かをしてくるわけではないが、寝るたびに色々と囁いてくる。


 これまでは祐希も、凛のその誘いに対して受けてきた。それは凛のことが好きだから、というわけではなく、そして明確に誰かを好きにということもなく。


 ただ受動的に受け入れてきた、といった方が正しい。


「ごめん、今日気づいたんだけど……テストがあって。勉強しないと」

「あぁ。もうそんな時期か」

「本当に浪人生か? だってもう一ヶ月後には夏の模――」

「黙って!」


 そんなところで、祐希はそれとなく凛との同衾を拒否した。テストが終わった後、どんな風に話をつけたらいいんだろうと頭を悩ませながら。


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