次の日の朝に、登校したら真っ先に寄ってきたのがギルドラだった。顔を真っ赤にして、猛ダッシュで。どこで待ち伏せをしていたのか、教室に向かう勇気を追いかけてトコトコと歩く。
「春川くん、ごめんなさい……昨日」
「別に、全然いいよ」
「あんなにドワーフはお酒が飲めるとか、大口叩いたのにいざ飲んだらアレって……本当にごめんなさい」
ギルドラは随分としゅんとした様子で、昨日と見比べてみるとまるで別人だ。恐らく今朝起きてホルティスから何が起こったのかを伝えられたのだろう。
そんなにショックだったのだろうか? と祐希も考えを巡らせる。
元の世界で置換して考えてみよう。「俺って酒飲めるんだよねw」と、女友達の前で啖呵を切った男が酔って女友達に送り届けられる――そんなところだろうか。
確かにあまり目をあてることは出来ない状況かもしれない。
「俺は昨日楽しかったから。大丈夫。それよりも二日酔いになってたりしない?」
「あ……はい! それは大丈夫です。こう言っても信用ないかもしれないですけど、アルコールの分解能力には自信がありますので!」
ギルドラの眩しい笑顔が祐希に向けられる。
それは本当に信じていいのだろうか。ともかく、祐希の口から何か言ってギルドラの罪悪感を増幅させるのも悪いから祐希もあまり何かいうことはしなかった。
「昨日ずっと一緒にいたんだからさ、そろそろ敬語やめてタメ口で話そうよ」
それは昨日からずっと気になっていた部分であった。彼女はいつも敬語で話しかけてくる。祐希の感覚的にも、タメ口で話してくれた方が違和感がない。
「タメ口……」
「だってさ、昨日も酔った後はめっちゃ楽しそうに――」
「何やったんですか私!?」
「あ」
いや、別に迷惑をかけたみたいな類ではない。酔っ払ってタメ口で話していたギルドラの可愛い姿が祐希の記憶にしっかりと刻まれただけ。それを忘れられなくて、会話の流れでふと出てしまった。
「ねえ! 何したんですか! ねえ!」
普段のギルドラのどもりがちな、内気な性格からは考えられない様を見せながらポカポカと祐希の体を軽く叩いてくる。ドワーフの力強さも相まって正直少し痛い。
まだ、朝も早い時間帯なので廊下に人はいない。しかしいつ登校してくる生徒と鉢合うかドキリとした。
何か変な風に誤解されて、ギルドラに対して何か変な噂を立つのは不本意ではなかったからだ。
「ほら、離れて離れて。別に何も言ってなかったから」
「でも、めっちゃ舐めたような態度で絡んだんですよね?」
「別にそういうわけでもないけど……別にそれでも良いんじゃないか?」
「それって?」
ギルドラが怪訝な顔をする。祐希が次に言いたいことが分かっていない様子だ。これは昨日ホルティスとも話したことだ。ギルドラにも分かっておいてもらわないと困る。
「俺たちって友達なんだからさ」
そう言った瞬間に、ギルドラが沸騰したみたいになって、ぴょんぴょんと飛び跳ね始める。
「へっ……ふぇ……ぇ?」
「ギルちゃんって結構、気持ちが態度に出るよね」
楽しい時は腕を掴んで寄りかかるように。落ち込んでいる時は肩を見るからに落として。そして今は――。
「すみません、出ないように意識してるんですけど。こう、どーんって構えられるように」
「いや、別にいいと思うけど。そう言うところがギルちゃんの個性でしょ」
「そうですかね? 本当に?」
ギルドラの照れも少し落ち着いたようで、一呼吸つく。
「じゃあ、敬語はなしね」
「いいんですか? 本当に私が春川くん、男子と友達なんて……」
「そんなの気にせず」
やはり"男"というハードルは彼女――というかこの世界の女子にとって――高いものなのだろう。
「……分かった。じゃあ、よろしく、ね。春川くん」
「よし」と小さく呟く祐希。ギルドラはまだ少し慣れなさそうな表情をしている。しかし、これでいい。
貞操逆転世界だとか関係なく、ゆっくりお互いのことを知って、関係性を構築するべきだ。友達だとか恋人とか関係なく。
「それじゃあ早速なんだけどさ、今日の放課後空いてる?」
「え? まあ……それは空いてる、けど……」
ギルドラが少し困惑気味に首を傾げる。それに祐希は楽しげに頷く。
〜〜〜〜〜
その日の放課後。授業も全て終わり。既にテスト期間に入っているために、部活も今日からお休みだ。
「よっしゃ! 勉強会だーー!!」
祐希は馴染みの数人を誘って、放課後の教室でテスト対策の心構えである。
「誘われたからには、もちろん来たけど……普通に個人的にテスト勉強したほうが良くない?」
そうぼやくのは奏音。しかしそんなもの、祐希に言わせれば違う。
「なんで家で勉強できると思うんだ?」
「じゃあ複数がいる場で勉強できると思ってんの?」
この場に集っているのは祐樹、奏音、ギルドラ、イリナ。ホルティスには断られた。ちなみに理由は今の奏音の言と同じである。
ちなみに奏音の目線の先には、祐希の後ろで彼を執心な目で見てきている女子を複数見つけていた。