放課後の教室に集められた四人。奏音、ギルドラ、イリナ、そして祐希。その目標はテストの打倒であった。
「というか、そもそも……勉強なんて家でやれば良くない?」
「なんで家で勉強できると思うんだ?」
そう言う奏音なぞ完璧な論理で論駁して、祐希は心の中で自身の姉を思い浮かべる。いつも家にいる時は勉強しなく、だらだらと過ごしている反面教師の姿を。
「でも一年生の中間テストなんて、正直難易度も簡単なんじゃない……ですか?」
そうぼやいたのはヴァンパイアのイリナだった。実は今回祐希がこの会を開いたのは、彼女の影響によるものが大きい。
「やっぱり優等生は余裕そうだな」
「何言ってんの、春川くんってヒューマンなんだから」
イリナが「はぁ」と小さくため息をつく。足を組んでやや俯く姿が妙に画になっている。祐希はふとした雑談の時に、彼女の成績がかなり優秀であることを知ったのだ。
ヴァンパイアは種族の平均的な能力的には知力はいい方らしいが、しかしそれでも自身が好成績を取ることは本人の努力によるものだろう。
「ヒューマンだからって舐めんなよ。俺は入学からこれまでの二ヶ月くらい、ほぼ勉強なんてしてない」
「私もあんまり……かなあ?」
「自慢しない方がいいと思う……」
ギルドラの方に祐希が目線を向けると、彼女も同じく首を横に振ってくる。つまり状況は祐希たちと同じらしい。
いや、そもそも祐希がこの期間勉強できなかった理由は、貞操逆転世界に馴染むためでもあった。数々の慣れない出来事に頭を悩ませながら必死に適応しようとしていたのだ。
だから仕方ない。勉強できなかったのも仕方ないことなのだ。
「定期テストは、学校のワークの問題通して解いて、問題覚えたらそれなりは取れると思う」
「うわ、なんかできるやつみたいな発言してる」
奏音が「これだから」と呆れるようなジェスチャーをする。
しかし、よくよく考えてみる。祐希たちが通うこの学校は、地域ではそれなりの進学校だ。
つまり中学生の時に高校受験を突破しているわけで、この学校にいる個体は種族など関係なくある程度成績は優秀な者が多いのだ。だからこの会話も定型文というか、ポジショントークに近いというか。
それでいざ勉強を始めようとする時に祐希が提案をする。
「じゃあイリナ、わからんところあったらぜひ積極的に教えてな」
「え、いやいや。ちゃんと自分で考えた方が多分いいし、定着もすると思うよ」
「一回教えるごとに5mL飲んでいいよ」
「教えます! 教えさせてください!」
自身の体液を差し出して提出物を完成させる。『自身の体液を差し出して』のあたりがややエロい気がする。
教室に静寂が訪れ、互いに自身の成績のために机に向き合い自身の脳蓋に情報をインプットしていく。その、約一週間後に迫る定期テストのために――と言うことは一切なく。
「テスト終わったらさ、カラオケ行かない?」
「マジか、もちろん。でもテスト終わるまであと一週間あるんだよね。遠いよなあ」
「それを糧に勉強したらいいんだよ」
「いや、そういうもんだって分かってはいるんだけどさあ」
理想的な学生の姿などなく、雑談を繰り返していた。一応手は動かしているところは偉いが、それでも話の方が脳内メモリの中心にあっているところは火を見るより明らかだろう。
教室には祐希たちとは別で、もう一つ別で勉強目的の集団が残っている。しかし彼女らも何かをぺちゃくちゃと喋っている様子で。
どちらかがどちらかの迷惑になっているというわけでもないために、安心して楽しく勉強しているのだ。
「よし、終わりっ」
イリナが一息ついてそう言った。その声に祐希たちの視線が彼女の手元に持っていかれる。どうやら、大ボスである数学の提出物が終わったらしい。
「早っ」
「ま、まだテストまで三日位あるのに……もう終わったの?」
奏音が声を上げ、ギルドラが疑問をぶつけた。それに対してもイリナが答える。
「いや、もう三日しかないんだから」
「でもさ、数学って確か初日にあるよね。だから前日の夜にさ、終われば……」
「数学Ⅰが初日ね。前日の夜に終わってたら一夜漬けみたいなもんじゃん」
イリナがギルドラの言葉に反論していく。
しかし、お世辞にもドワーフはあまり頭の良い種族だとは捉えられていない。それを考えるとギルドラの方法でテストを突破して、高校受験で突破したというのは……それはそれで頭が良いのではないだろうか? と祐希は感じた。
「ねえ、春川くん」
そこで唐突に声がかけられた。後ろから。これまで全く話してこなかった、もう一つの居残りグループだ。相手グループの方は全部で三体。いずれも教室で見かけたことはなかった。
ヒューマン、ヒューマン、ドワーフの構成だ。
「春川くんはもう宿題終わったの?」
「今他の人と話してるんだからやめなって、話すんだったら後々」
「いいじゃん。ねえ」
そう祐希に同意を求めてくる。別にそこで断るのも変だと思って祐希も思わず「別に変ではないよ」と返す。
「ほら、言ってるじゃん」
「もう時間的にも18時だからさ。皆で一緒に帰らない?」
そう言われて祐希は時計を見た。確かに針はその時刻を指している。帰るにはちょうどいい頃合いか、いやまともに進捗は進まなかったのだが。
「いいよ、皆で帰ろう」
そう快く言う祐希を奏音は目を細めて、怪しそうに見ていた。