校舎が赤く燃える。燃える、と言っても夕日によってだ。この時間はとても綺麗だと思う。マジックアワー、とはよく言ったものだが。
祐希は帰途へと着くために校舎を出た。数名と共に。ギルドラ、奏音、そして祐希に帰りを促した3人。イリナは家の方向的に別方向の帰り道だ。
「3人とも、帰りの方向同じなんだね」
「そう! 偶然だよね!」
その中の一人がそう嬉しそうに言った。それが自分と同じヒューマンなことからも、奏音はその姿を見て握り拳を作る。
嫉妬からだろうか。そのイラつきとも言えるものが。
「ね、ねえ……大丈夫?」
そう声をかけてくるギルドラに奏音の目線が向けられる。ただならぬ雰囲気を出していた奏音を心配してのものだった。
「あ、うん。けど、まさかこんなに……」
明らかに、祐希に迫るように距離を詰めている彼女らに燃える気持ちを抱くとは思ってなかった。
昔の自分も、もしかしたら陰にはこんな気持ちが隠れていたんだろうか……と思うほどに。
彼女らはずっとついてきた。
「ねえ、祐希くんって休日とか何してるの?」
「なんだろうな……基本的には家にいるかなあ。中学の時は部活の試合とか行ってたけど」
「えー! 中学って何部だったの?」
「えっと……バド部だった。高校では――」
いつの間にか"春川くん"から"祐希くん"に変わっている呼び方。彼のことを下の名前で呼ぶヒューマンの女子なんて自分だけだったのに。
「ねえ! 祐希もグイグイいかれて困ってるんじゃない?」
思わず声が出た。咄嗟にヤバい、と感じたが口をつぐむことなんて許されない。祐希を取り囲む三人が目線を向けてきた。
「は? あなた何様なの?」
「どんな風に私たちがコミュニケーションするかなんて、私たちの勝手じゃん」
そうやって、奏音を責めてくる声に一歩引きそうになってしまう。しかし、彼に迫っている三人の中にはヒューマンもいる。ここで引くことは自分の覚悟に嘘をつくことになると思った。
「ヒューマンが二人もたかって囲んで……威圧してるようにしか見えないけど?」
「あんたもヒューマンじゃん、どうせ私たちに彼が取られたくないだけなんでしょ?」
これまで、同じく祐希に対して好意を抱いている者と向き合ったことはない。彼女たちの言うことは確かに正論だ。しかし、そんなことで祐希が他の女子と恋愛的に近づくことは耐えられないと思った。
「あんた達、三人とも同じクラスじゃないよね? わざわざ祐希の姿見つけてストーカーってわけ?」
「知らないわよそんなこと。たまたまあそこで勉強してたら祐希くんがいたから、仲良くなりたいと思って気になって声をかけただけ」
奏音の記憶が正しければ彼女らは隣のクラスのメンバーであるはずだった。彼女らが同じ教室に残っていたことに、奏音は違和感を持っていた。
「って言うかヒューマンの二人に言っとくと、祐希は姉ちゃんがいるみたいだけどね」
「ちょ、それは……」
ここまでの会話を黙って聞いていた祐希が思わず声を上げた。その内容が奏音の口から吐き出されたことも、その発言によって起こることも予想できたからだ。
「それ……ほんと? 祐希くん」
「まあ、そうだね」
祐希がしぶしぶ頷くと、ヒューマンの女子二人は目を見開いて衝撃を受けた後、がっかりした様子で肩を落とす。
「はあ。喧嘩とかするのも馬鹿らしくなってきた……帰ろ」
そう言って残りのもう一人のドワーフが色々と言っているのを連れて、三人は去っていった。
「行った……」
彼女たちが学校の方向へ帰っていったことを見るに、恐らく家も全く違う方向なんだろう。つまり祐希の一点狙いだったわけだ。
「えっと……とりあえずありがとう、かな?」
祐希がやや困惑気味に言う。奏音も、なんだか流れに身を任せてしまっただけだ。
「私は怖くて間に入るなんてできなかったけど、奏音さんすごい!」
ギルドラも褒めてくれるが、正直あまり勝った気がしない。なぜなら彼の姉のことを引き合いに出してしまったからだ。目下の目標として掲げているライバルを。
「祐希!」
「はい!」
「ああ言うのはついていかない!世の中の女子何考えてるかわかんないんだから……マジで危ない」
「ごめん」
それら全ての話を全て排除したとしても、祐希の今回の行動はあまり褒められたものでなかった。あれでは逆ナンパだ。それに女性複数人で取り囲んで。祐希一人だったらどこかに連れ込まれていてもおかしくない。
「なんでノコノコ着いてったのよ」
「まあ奏音達がいるってのもあったけど……やっぱり知り合いは多い方がいいっていうか? まずは友達からってやつというか」
「はあ……」
奏音からすると非常に悩ましい話だ。これでは放っておいたら、知らないうちに彼に別の意味でのフレンドが出来てしまう。
「そうだ、凛の話……奏音が言ってたけどさ」
二人に微妙な空気が流れる中、祐希が話を切り込む。奏音の心臓が跳ねた。
「今度、というか中間テストが終わった次の日曜にさ……話したいことがあるから。家に来てくれない?」
「ふわあぁ……」
いい方向の色恋沙汰にしか発想が飛んでいないギルドラが思わず目を輝かせて奏音を見つめてくる。ただし奏音の面持ちは複雑な感情が混ざり合っている。
もしかしたら、ここで自分は正式に振られるのかもしれない、と。
「……分かった」
小さく奏音が頷いた。