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第30話

 「――はい、そろそろ。うん、寝るから。じゃあね」


 時刻は夜の23時。机に座った奏音が椅子にもたれかけて楽しげに話を終えた。今しがた話していた相手はもちろん祐希なのであるのだが、なぜ電話なんてしているのか。


 あの勉強会の日の夜、祐希とメッセージで雑談をしていたら、通話しながら勉強でもしようということになったのだ。祐希の学習状況を少々心配しながらも、奏音もそれに応じていた。


 理由は楽しいからに他ならない。高校生なんてそんなもんだ。


「ふう、今日も楽しかったなあ……」


 自分の好きな人と毎日遅くまで繋がっていることへの喜びというのは、奏音の人生では考えられない種別の幸せを与えていた。


 それは単なる愛情とか恋心とかそういうものでもあり、人と人同士の温もりとでも形容すべきものだ。


「これで……二日間も連続で一緒に通話……やばすぎ……」


 高揚する気持ちになった奏音がまともに寝られるはずもなく、ベッドの中でゴロゴロと祐希のことを考える夜を迎えている。


 ちなみに、貞操逆転世界では添い寝すら"大人の行為"的なアレだと見做されているため、寝落ち電話なんてことは行おうとしない。


 この世界での寝落ち通話は元の世界でのエロイプみたいなものだ。


「ふひ……ひひ……こんなに幸せなのに、日曜に祐希の家行くの? やばくない……!?」


 気持ち悪げな笑みを浮かべながら声を上げる奏音だが、その時脳裏に一人の姿が思い浮かぶ。凛だ。


「……どうやって倒せばいいんだろ」


 ふと我に帰って寝返りを打った。アストリッドに声高に宣言したものの悩みの種だ。脳に通っている血液が急激に冷えて、冷静になった。色んなことを心配するうちに呼吸は段々とすうすうと寝息に変わっていった。


〜〜〜〜〜〜


「中間テストが終わったぞ〜!」


 祐希が大きく伸びをする。学生にとって定期テストというのはかなり大きな壁だがその実、祐希にとっては取るに足らないものだった。


 そもそも祐希がどうやって貞操逆転世界にやってきたのか。を取り戻したのだ。


 つまるところ、彼にとって高校一年一学期中間テストなんてものは造作に過ぎないのである。


「まあ、いいだろ」


 ヒューマンは頭がいい、だとかよく言われているらしい。そうするとヒューマンとしてのメンツは保たれたか。そんなことを考えながら上機嫌に帰宅だ。


 本日は金曜日。今日から部活動も再開になるために祐希も生徒会室で過ごそうかと考えていたのだが、彼の心に一つ残るものがあった。


「テストお疲れ様〜」

「お、お疲れさま。とりあえずテストを戦い抜いた自分たちを讃えることにしたわ」


 奏音がそうぼやくことに祐希が小さく笑う。



 この、目の前で今話している奏音が明後日に家に来る。それはそれは重大なことだ。


 まず第一に、元の世界での人生も含めて、女子が自分の家に遊びに来ることなんてなかった。その点に加えて凛の存在がある。


「ねえ、明後日のことなんだけどさ」

「え!? あ、うん」


 奏音からそんな言葉が出てきたのでびっくりして返事してしまう。


「あれ? 何か打ち上げ会ですか?」


 祐希と奏音以外で、唯一生徒会室にいたテオが会話に入ってきた。


「まあ、そんなとこです」

「いいですねえ。別に私は部内恋愛は禁止しないので。そこら辺はぜひお好きに」

「ぶ……っ!? そんなんじゃない……こともないですけど!!!」


 奏音がテオの言葉に反応するが祐希の手前である以上明確に否定もできずに言葉が濁される。それに祐希もやや気まずい思いをしながら頷く。


「やっぱりそうなんですね。いや、私自身は正直恋愛とか分からないので。『なんかやってるなあ〜』程度ですよ」


 エンジェルは、どうやら平均寿命が900歳越え、長生き個体は余裕で1000歳を超えてくるらしい。そんな種族にとっての高校一年生、15歳というのは赤子にも等しいものなのだろう。


 そりゃ恋なんて、自覚すらないだろう。


 だからこそ、神と他種族の橋渡しだとかいう言説が生まれているのだろうが。


「さすが、エンジェルは違いますね」

「いやいや。全然」


 そう否定してくるが、祐希から見てもその背中に蓄える立派な白い翼は神性を感じるのに十分だ。イリナの小さな形骸化した翼には感じないものを得られる。


「まあ、話を戻そう。ともかく日曜日。俺の家ってことでいいんだね?」

「……うん。いいよ。お昼くらいに行くから」


 家に帰ってからの祐希のミッションは一つに決まった。凛の説得だ。「日曜に奏音がくる。そして俺は奏音を恋愛的な意味で彼女にするつもりだ」と。そして告白だ。


 誕生日祝いと一緒に告白する。祐希の心臓が跳ねた。



 ここで確かに、凛の許諾を得ずに奏音の家に行く案も考えたのだが、それをした場合凛がどんなことをしだすか分からなかった。だから、正面勝負で祐希がその口で直接伝える。


 ずっと、凛が祐希との添い寝を望んでいたのはきっと、「このままじゃ弟が奏音に奪われる」と考えていたからだ。凛も、察しているのだ。


 もう決めたことだ。凛の恋心に、祐希が介錯をする。


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