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第31話 恋心への介錯

 中間テストの最終日に家に帰ると、それは金曜日の夜だ。自室にこもってどう話を切り出そうと頭を悩ませていたら祐希の部屋のドアが開いた。祐希が音に気づいて振り返ると、部屋の入り口には凛が立っている。 


「凛……」


 そう祐希から声が漏れ出ると、凛は迫ってきた。あっという間に距離感はゼロに近くなる。


「テストお疲れさま」

「あ、ありがとう」

「テストが終わったんだからさ、今日からまた一緒に寝れるよね?」


 そこで祐希は自分が凛に、という理由で同衾を断っていたことを思い出した。


 しかし、祐希には凛と同じベッドで寝る気は、もう全くもってなかった。


 距離が縮まった凛の身体が視界に入っている。彼女はヒューマンとして、というか元の世界でもかなり理想的だとされる体型をしている。


 身長が高いから詰められたら威圧感があって、胸も大きくて、ショートヘアで。名前の言う通りなのか、全体的な印象としては凛々しさを感じる。茶色がかった髪色も彼女の魅力を引き立てるおしゃれの一部だ。


 でも、祐希は既に奏音へ告白することを決断した。後戻りはしない。


「ごめん、寝れない」

「なんで?」

「今日はもう疲れてるっていうのもあるし……」

「……分かった」


 少し喋ったら解放してくれた。凛との距離が離れてそれなりに保たれる。でも、簡単に身を引いてきたことに祐希は違和感を持っていた。


「明日ってさ、祐希は何か用事あるの?」

「いや、ないかなあ」

「分かった……うん」


 夜も遅いから、今から話を設ける気はなかった。土曜日の一日かけて、凛を説得することになるんだろうと思った。


 〜〜〜


 次の日、土曜日。昼飯を取るために凛と祐希は机を囲んでいた。食べているのは単に冷食であったが、緊張からかどうも喉を通らない。


「……あのさ」


 最初に話を繰り出したのは祐希だった。彼がしなければならないことは、彼女の気持ちを絶たせること。そしてあわよくば、彼女をにすることであった。


「どう話そうかなって思ってたんだけど言い方が思いつかなかったから、単刀直入に言うんだけど……」

「ん? なにい?」


 凛の甘い声が祐希の耳朶を震わせる。


「これから凛と……一緒に寝ることはできない。これからずっと」

「……どういうこと?」


 一気に部屋の空気が冷えた。しかし、彼女の長髪が今にも浮き上がらんとするのではないか、そう錯覚するほどに彼女自身の声には熱が含まれていた。その熱に包含されているものは、怒りか。


「言葉通りの意味。俺はもう一緒に寝れないし、もちろん凛と結婚……みたいなこともしない」

「え……ちょっと、え。待って。何言ってるの? 祐希? は……?」


 凛の声がか細く、震えるようになって祐希は冷や汗をかいた。凛が自暴自棄になる可能性を、祐希の中で捨てきれていなかったからだ。


「なんでそんなこと言うの? だって、私は……あなたのお姉ちゃんで……」

「本当にごめん。凛が俺のこと、好きなのもわかるし、そういう慣習だってことも全部わかった上で、言ってるんだ」


 実際に、姉や妹と結婚しない男性というのも一定数いる。家庭の事情は人それぞれであるからなのだが、要は祐希は法律といったものに凛との結婚を強制されているわけではない。


「……あの子のせい?」


 凛が足を震わせながら、座っている祐希を見下ろすように立った。が指している対象は明確だ。祐希に首を横に振る。


「俺が決めたんだ」

「でも、相手はあの子なんでしょ?」


 凛の脳内に、この間会った奏音の姿がチラつく。あの日は雨の日で、傘を持った凛が二人とたまたまエンカウントしたんだったか。それまで、二人は楽しそうに話していた。


「まあ、そう。でも、こんなことを言ってるのは全部俺の意思」

「言い寄られてたんじゃないの? 一緒にラブホテル行ったって」

「いや、凛の存在を多分忘れてたか何かで。その時点では凛の話は全く出てなかった。だから、正真正銘俺の考えで話してることだよ」


 凛はその場にぺたりと座り込んで、祐希の顔を優しく触った。


「絶対嫌だよ。だって、私はお姉ちゃんで、それで……」

「俺は別に、お姉ちゃんだから結婚しなくちゃいけない……みたいな考えは持ってない。好きだから――恋人を決めるための要素はただそこだけ」


 凛が震えながら、祐希に抱きついてくる。それを祐希は突き飛ばすことも、抱擁し返すこともせずにただ受け入れた。


「なんで……っ。私、祐希のためならなんでも出来るから。そんなヒューマン、世界でも私だけだよ?」


 そんなこと、関係ないと思った。祐希が求めている人は、自分に尽くしてくれる人ではないから。 


「……ごめん」


 凛も自分が拒否されたことを明確に理解した。たった今、彼から三行半を渡されたのだと強く、意識した。


「……ちょっと頭冷やしてくる」


 そう言って凛がおもむろに立ち上がり、そして家の外へと出て行った。その姿に、祐希も心に痛みを感じる。自分の言葉で彼女を深く傷つけたのだと思ったし、しかしそれは仕方のない過程でもあった。

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