こうして、長いモーズ侯爵家での夜は終わりを告げた。
モーズ侯爵は全ての真実を公の下に晒すと約束した。
一体、何が目的だったのかルシアナは尋ねたが、彼は憑き物が取れたような優しい笑みで首を横に振って、言う。
「ルシアナ嬢の君が知る必要がない。危ないことに首を突っ込むのはこれで終わりにしておくんだ」
と忠告のように言った。
全てを話して、ルシアナが危ない事件に巻き込まれるのを防ごうとしたのだろう。
そして、ルシアナとアネッタは二人でアネッタの部屋へと向かった。
こんな事件があったのだ。
お互いに一人で寝る気にはなれなかった。
ベッドの中で、ルシアナが声を掛ける。
「アネッタ、お疲れ様でした。ようやく終わりましたね」
「そうですね、ルシアナ様。ふふっ」
アネッタが何故か愉快そうに笑った。
「どうしたの?」
「ルシアナ様、先ほどから私のことをアネッタとお呼びに――それに、口調も随分と砕けていらっしゃいますので」
「あ……申し訳ありません、アネッタ様」
公爵家の方が身分は上とはいえ、上級貴族同士の会話では、相手を「様」付け、もしくは「爵位」で呼ぶのが普通であり、相手を呼び捨てにするのは無作法であった。
つい、修道院時代の癖が出てしまったようだ。
「いいえ、嬉しいのです。とても自然な話し方をなさるルシアナ様を見て、それがルシアナ様の友への接し方なのだとわかりました。ですから、これからも二人きりの時はアネッタとお呼びください」
「わかりました、アネッタ。それなら、私のこともルシアナと――」
「それはできない提案です、ルシアナ様。何故なら、これが私の友への接し方なのですから」
「ズルいですよ、アネッタ」
と二人で笑いあった。
だが――
「お父様は、恐らく死罪になるでしょうね」
「恐らく、そうなるでしょう……私のせいです」
「……いいえ、ルシアナ様。これは私と、そしてお父様も承知の上です。このまま罪から逃げ、何もしなければ、天で待つマリアンヌ姉さまに怒られてしまいます」
「父の死を望む娘がいるでしょうか」
「父に正しくいてほしいと思う娘はいます。ですから、ルシアナ様のせいではなく、私の罪なのです」
と言ったアネッタの目に涙が浮かぶ。
モーズ侯爵が死刑となる光景が頭によぎったのだろう。
「……なら、アネッタ。その罪の半分、私に背負わせてください」
「え?」
「共犯関係……と言えばいいでしょうか? 私のせいでもあり、アネッタのせいでもあります。これは私とアネッタが決めた未来。何があっても、何が起こってもその罪は二人で償うと」
「共犯関係……ですか。不思議です、少し胸が軽くなった気がします」
「ええ、私もです。完全に重さがなくなったわけではありませんが、二人でなら、きっと背負っていけるでしょう」
そう言って、ルシアナはアネッタを優しく包み込んだのだった。
翌朝、ルシアナとアネッタは二人で別れを惜しみ、抱き合った。
「アネッタ。次は私の誕生祭に招待します。必ずいらっしゃってください」
「もちろんです、ルシアナ様。でも、その前に、シャルド殿下との婚約パーティでもいいのですよ」
「それは……えぇ、その時は是非招待するわ」
シャルド殿下との婚約パーティは開かれないとも言えず、ルシアナは引きつった笑みを浮かべながら頷いた。
それを見ていたミレーヌは、「二人とも、いつの間にそんなに仲良くなったのですか?」と不思議そうに尋ねた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルシアナとアネッタが別れを惜しんでいるその時間。
モーズ侯爵は客人の前に姿を現さなかった。
国王陛下に提出するための書類を揃えなければいけなかったからだ。
「お忙しい時間に失礼します、モーズ侯爵」
「なんだ、君は。見張りは何をしている、無断で人を通すなと言っておいただろう。確か、君はルシアナ嬢が連れて来た冒険者だったな。もう出立の時間のはずだが、何の用だ?」
「バルシファルと申します。見張りの方には、少々眠っていただきました」
開いている扉の向こうに、見張りの男の顔が見えた。
死んではいない。
文字通り、眠っているだけのようだ。
物音ひとつ立てずに見張りを眠らせるその手腕に、モーズ侯爵は警戒したが、バルシファルから敵意のようなものも見えないので、話を聞くことにした。
「その様子、ルシアナ嬢からの伝言……ではなさそうだが」
「少々お聞きしたいことがございまして。マリアンヌ嬢を呪術で縛っていた者についてです」
「そのことは陛下にお伝えする。貴殿には関係のないことだ」
「自首なさる――やはり、そうですか。あのお嬢様がうまくやったようですね」
今の言葉を聞いて、モーズ侯爵は己の過ちに気付いた。
てっきり、彼が来たのはルシアナの命令によるものだと思っていたのだが、いまのバルシファルの言い方では、彼とルシアナの間で連絡を取り合っている様子はない。
「その呪術を施した人間は、トールガンド解放軍と名乗っていませんでしたか?」
「貴様っ! 何故そのことを――」
「彼らとは少々縁があるものでして」
そう言われ、モーズ侯爵は何かに気付く。
バルシファルの顔を見て、何か懐かしいようなものを感じた。
だが、一体どこで会ったのか、思い出せずにいた。
そんな彼を見て、バルシファルが、少し困ったような笑みを浮かべる。
その笑みを見て、彼は気付いた。
「あなたは――あなた様はもしや――」
「全て、話してくれますね」
「わかりました……全てお話し致します」
そう言って、モーズ侯爵は自分が知る全てをバルシファルに話した。
その黒幕の存在について――実は彼が何も知らないことも。
「やはり、記憶の一部を消されているか」
モーズ侯爵はマリアンヌの魂を縛り、彼女を生き返らせると言った人間と会っている。
だが、それが誰なのか一切思い出せずにいた。
「はい……申し訳ありません」
「いや、参考になった。感謝する」
バルシファルはそう言い、最後にとても大切なことを彼に告げた。
暫くして、馬車が去る音が聞こえた。
どうやら、バルシファルとルシアナたちは王都へと戻ったようだ。
モーズ侯爵は自嘲気味に笑った。
仮に、ルシアナが何もしなかったとしても、バルシファルがこの事件に関わっていた時点で自分は既に詰んでいたのだと悟ったから。
そして、そうなったらマリアンヌの魂は救われなかったかもしれないし、アネッタも共に死罪になっていたかもしれない。
「ルシアナ嬢には感謝してもしきれない。娘を二人とも助けてもらったのだからな」
彼がそう独り言ちたとき、思いもよらぬ者が部屋に訪れた。
その客を見て、彼は――
「そうか……思い出した……」
だが、全てを思い出したその時、彼は既に詰んでいた。