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第36話

 ルシアナがエリーから事情を聴くと、事前にトーマスから聞いていた話とほぼ同じだった。

 ゴーストが発生しているが、教会からの救援は望めないという状況。

 森の伐採を生業とする木こりたちは、ゴーストの浄化を冒険者ギルドに依頼したそうだ。


「シアちゃん、浄化魔法は使える?」

「はい、ゴースト程度なら特に魔力を気にせず浄化できると思います」

「おぉ、頼もしい! じゃあ、依頼を受けてくれるわね。報酬は銀貨三枚と討伐したゴースト一匹につき、大銅貨三枚」

「それはいいですけれど、でも、討伐した数ってどうやって数えるんですか? 普通の魔物と違って、ゴーストは倒したら何も残りませんけど」

「それは、一緒に行く護衛の人に数えてもらうから、シアちゃんは気にしなくてもいいよ」

「そういえば、護衛も一緒なんですよね? どんな人ですか?」

「シアちゃんもよく知っている人」


 よく知っている人と聞いて、シアは顔を輝かせた。


(私がよく知っている冒険者なんてたった一人しかいない! ファル様だ!)


 ルシアナはそう確信して歓喜した。

 サンタのことはすっかり忘れていた。彼は泣いてもいいと思う。



 そして、ルシアナは近くの森まで来ていた。


「…………暇なんですか?」

「いやぁ、厳しいね、シアくん」


 シアの護衛として、同行したのはバルシファルではなく、ルークだった。

 本当はエリーも、バルシファルに護衛を依頼しようと思ったのだが、昨日も今日も冒険者ギルドに顔を出しておらず、頼めなかったらしい。


「でも、ルークさんって強いんですか?」

「うん、まぁ、これでも冒険者ギルドの長だからね。強くなかったら舐められるでしょ?」


 彼はそう言って、槍の柄を叩いた。

 ルシアナが持つルークのイメージは、戦闘には縁のない事務職の人間という感じだ。ちょうど、父であるアーノルのようなイメージである。

 とはいえ、アーノルも剣術の基礎は学んでいるので、決して弱いわけではないのだが。


「ところで、ルークさん。金の貴公子様捜し、やってくれてるんですよね?」


 ルークには、ポーションを作る代わりに金の貴公子探しを頼んでいた。

 バルシファルが一番の候補なのだが、彼女が攫われて監禁された場所はトラリア王国の外れ。王都にいるバルシファルが偶然依頼を受けて駆け付けたというには、少々不自然な点もある。

 そのため、他の町の冒険者ギルドからも情報を集めてもらっていた。


「もちろんだよ。金色の髪で、剣士で、年齢がシアくんと同じくらいから二十歳くらいで、とてもカッコいい男の子だろ?」

「べ、別にカッコいいとは……言ってませんが……まぁ、カッコいい方が嬉しいですけど、というより、金の貴公子様はカッコいいに決まってますが……」


 恥ずかしくて、最後の方はほとんど声になっていなかった。


「バルシファルくんではダメなのか?」

「そんなことはありません。ファル様だったら嬉しいです。でも、ちゃんと調べておきたいんです」

「そうか。うん、でも、ちゃんと調べてるから、安心して」


 ルークが優しく言った――その時だった。

 幹の部分が何か爪のようなものでズタズタに斬り裂かれている木を見つけた。


「これは……」

「ワイルドベアの爪痕だね。どうやら、この辺りにいるみたいだ」

「いるみたいって、この爪からして、かなり大きいですよ。逃げましょう、ルークさん」

「大丈夫だよ、そのために僕がいるからね。大丈夫だから」


 震えるルシアナをルークは励ます。

 その時だった。

 空から意志を持った煙のような魔物――ゴーストが――


「ホーリーライト」


 ルシアナの魔法によって浄化された。


「本当に大丈夫なんですか、ルークさん」

「何事もなかったかのように言うけれど……いやぁ、本当に凄いね、シアちゃんは」

「そうですか? これは普通です」

「まぁ、魔法は普通だけどね……普通過ぎるのが普通じゃないっていうか」

「…………?」

「驚いたりしないのか?」

「驚くって、なんでですか?」


 ルシアナにとってゴーストが現れたら浄化するのは、知り合いに出会ったら挨拶をするというくらい当たり前のことなので、いまさら特別感はなかった。

 ゴーストに意識があるのだとしたら、挨拶感覚で浄化されてはたまったものではないだろうが。


「ゴーストは別に命の危険があるわけではないですからね。あ、でもゾンビは苦手です」

「ああ、確かにあれは噛まれたら命の危険が――」

「あれって、とても臭いんですよ。修道院にいたときはよく当番制でゾンビ係って決まってたんですけど、あの日だけは仮病を使えないかなって本気で考えました。まぁ、本当に病気になっても、風邪程度だったら仲間の修道女に治されちゃうんですけど」

「なるほど……環境か……」


 ルークはルシアナのゴーストへの対応に納得した。

 そんな調子で、脅かそうとしてくるゴーストを浄化していく。


「でも、数が多いですね。最近、ここで大規模な狩りが行われたとか、そういう話は聞いていますか? 捕まえてきた鳥を森に放って、それを誰が一番矢で射抜くことができるか競う大会とか」

「いや、そういう話は聞かないかな? ワイルドベアに殺された動物という可能性は? あの熊は冬眠もしないからね。あの大きさなら、かなりの動物を食べているはずだけど」

「んー、その程度でゴーストがここまで発生するとは思えませんが――」


 とルシアナが周囲を見回したときだった。


「あぁぁぁっ!」

「どうしたんだっ!? シアくん」


 ゴーストに襲われても特に驚かなかったルシアナが突然大きな声を上げた。

 ルークに緊張が走る。


「シロミツ草が生えてます! これで砂糖が作れます。ルークさん、採取、手伝ってください」

「なんだ、シロミツ草か……」

「なんだじゃありません。これは私にとってとても大切な草なのです」


 貴族令嬢に似つかわしくない、素朴な味のスコーンを作るには、どうしてもこのシロミツ草の根が必要であった。

 全てはシャルド殿下にはしたない女だと思われるために。


「まぁ、ゴーストも一応ひと段落ついたみたいだからいいけれど、でもギルド長が採取依頼とはね」

「ついでだからいいじゃないですか。あ、こっちにも」


 ルシアナはそう言って、次々にシロミツ草の根を抜いていく。

 ルークが一本抜く間に、三本のペースで抜く上、とても綺麗に抜いていく。

 あまりにも早い仕事に、


「シア君は採取依頼だけでもかなり稼げるんじゃないか?」


 とルークが呆れるような笑みを浮かべた。


「ルークさん、大変です! こっちに来てください」

「どうしたんだい、シア君。シロミツ草の群生地でもあったの――なんだ……これは」


 森の茂みの奥。

 そこに、隠されたように巨大な深い穴が掘られていた。

 そして、その穴の底にあったのは、ワイルドベアの死体だった。

 ワイルドベアだけじゃない。

 この辺りを棲みかにする動物やゴブリン等の魔物が穴の底にいた。


「これは酷い……しかし、なんでこんなものが……臭いで気付かなかったのか」

「腐臭は底に溜まるといいます。おそらく、穴が深すぎて、地上まで上がってこなかったのでしょう」

「ゴーストが大量に発生している原因はこれか……落とし穴、というわけではなさそうだ」


 穴の底にいる物の中には鳥や蝙蝠などもいるし、何かに斬られた痕があった。

 穴に落ちて死んだのではなく、誰かに殺され、穴の中に投げ込まれたのだろう。


「ルークさん、あの動物と魔物たちの魂を浄化します」

「……シア君、頼めるか?」

「はい」


 ルシアナは頷き、祈りをささげた。

 彼女の祈りに捧げるように、周辺の土、そして穴の底から、白い光が浮かび上がっては天に昇り、消えていく。


「……美しい。これは、地脈の力か? この大地そのものが、哀れな魂を天へと導いているのか」


 美しい物に目がないルークが、興奮する様子で初めて見る光景に思わずそう呟く。

 一方、シアもその光景には驚いていた。

 動物や魔物がゾンビにならないように祈りを捧げて死体を浄化するのは修道院時代何度も行ってきたことだが、大地から光が浮かび上がるなど見たことがなかった。


(これもやっぱり、生まれ変わって私の魔力が上がったせいなのかな……)


 と考えながら、祈りを終えた。

 そして――


「あとは穴を埋めてあげたいのですが――」

「それは調査が終わってから、こちらがしておくよ。一体誰が何の目的でこんなことをしたのか、調べないといけない。ところで、シアくん。一つ聞いていいかな?」

「はい、なんですか?」

「君のお守りをしているトーマス君の姿が、この森に入ってから見ていない気がするんだけど」

「え?」


 振り返ると、確かにトーマスはどこにもいなかった。

 急いで来た道を戻ると、森の中で気絶して倒れているトーマスを見つけた。

 どうやら、ゴーストに脅かされて気絶したらしい。


「トーマスさん、危ないことはしないって約束したのに、迷惑かけてごめんなさい」


 ルシアナは気絶しているトーマスに謝罪をしたけれど、もしかしたら、今後はもうこっそり屋敷から抜け出すのに協力してくれないかも……と不安になるのだった。

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