カールがトイレ掃除に戻って約十分。
シャルドがレジーを伴ってテーブルに現れたので、ルシアナはこっそり茂みから回り込み、さも今来たところのように振る舞う。
実際のところ、ルシアナが城に来たとき、その連絡はシャルドにもレジーにも伝わっているので、ルシアナが遅れて来たなどと思わない。それどころか、カールと話していた約十五分、さらに待たせること約十分、合計約二十五分待たせていたことになるのだが――
「シャルド殿下、お待たせして申し訳ありません」
ルシアナがそう謝るものだから、シャルドもレジーもルシアナに待たせたことについて謝罪できなくなってしまう。
レジーは「なるほど、時間通りに現れない殿下に気を遣って、今回も前回もあんな見え透いた遅れたフリを」などと思っている。まさか、シャルドに嫌われて、婚約破棄されるためだなんて思いもしないだろう。
レジーが紅茶を淹れ、ルシアナとシャルドはその紅茶を飲む。
一分程、会話の無い状態が続き、そしてシャルドが口を開く。
「いい……天気だな」
「ええ、いい天気ですね」
彼は天気しか話題がないのだろうか?
ルシアナは相槌を打ちながらそう思った。
「そういえば、町の噂で聞いたのですが、教会の司祭様が西の砦に慰問されているようですね。なんでも、流行り病が流行ってるのだとか」
「流行ってるから流行り病なのだろう?」
「え? 流行り病だから流行るのでは? あ、でも水が原因だってわかったから、これ以上は流行らないかもしれませんね」
「よく知ってるな」
シャルドが短く言う。
偶然、冒険者ギルドでルークやバルシファルから聞いていた。
「ええ、まぁ調べましたから」
「……なんのために?」
「殿下の外遊に同行しようかと思いまして」
ルシアナは渾身の笑みで言う。
「……何が目的だ?」
そう尋ねるシャルドの目が、ルシアナには酷く不機嫌に睨みつけているように見えた。
ルシアナは嬉しかった。
マリアの言う通り、シャルドは
一方、シャルドはというと――
(ルシアナは俺のことを好きでもないと言っていた。なのに、何故、俺と一緒に外遊をしたがる? 一体、何を考えているのだ?)
等と、シャルドはルシアナの真意を探るべく、目を細めて彼女を見ていたのだが、それが不機嫌そうに見えた。
「あら、一緒にいたいと思うのは婚約者として当たり前ではありませんか? ただでさえ、私と殿下はこれまで会えていなかったのですから」
「素晴らしいことです。よかったですね、殿下。楽しい外遊になりそうではありませんか」
レジーが言う。
ルシアナは確信していた。
今回のお茶会を仕向けたのはレジーだと。
つまり、レジーはシャルド殿下とルシアナに仲良くなってほしい。
となれば、今回の外遊同行の件、必ず賛同してくれると思っていた。
「……俺は別に構わない。が、馬車は別の物に乗ってもらおう。護衛もこちらで用意する」
「確かに、婚姻前の男女が二人きりでいるというのも体裁が悪いですからね」
「まぁ、そういうことだ。平民ではよくあることらしいのだが、ふしだらな話だ」
と二人が理解し合ったところで、
「「――っ!?」」
さっきまで、茂みの裏でルシアナとカール、二人だけで話していたことを思い出す。
「あくまで馬車の中のような密室のことですね!(違います、カールさんはそういう対象ではありません。あくまで弟のような存在ですから)」
「うむ、そうだな。この庭のような外は違うな(違う、俺は別にそういう目的でルシアナ嬢と会っていたわけではない。あれはこの女について調べるためにやむなく行っているのだ)」
そして、ルシアナとシャルドは見つめ合い、
「ふふふふ」
「はははは」
誤魔化すように笑った。
こうして、前回の茶会よりは少しは盛り上がり(?)を見せ、レジーも少しは納得のいくものとなったのだったが――
「疲れた……騎士団の訓練初日でもここまで疲れなかったぞ……」
シャルドはその日一日、夕食もほとんど食べず、寝込んでしまったという。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「というわけで、ポーション作りはしばらくお休みさせていただきます」
ルシアナは変装してルークのところに訪れ、暫く教会の仕事で西の砦に行くため、冒険者ギルドに顔を出せないと説明をしに来た。
バルシファルが来なくても、数日に一度はこうして冒険者ギルドを訪れ、ポーションを作りに来ていた。
中途半端に仕事を投げ出すのが嫌だというのと、将来、公爵家を追放された後、冒険者として働くための訓練だと思っていた。
とはいえ、ルークにいいように利用されている気はしているが、ポーションの調合費用はしっかりもらっているので、文句は言えない。
「そうか、残念だけど仕方ないね。シアくんのお陰でポーションの在庫は余裕があるし。あ、そうだ、それと渡しておく書類があったんだ」
「書類ですか?」
「君から依頼されていた金の貴公子に関する書類だよ」
「――っ!? 本当に探してくれていたんですかっ!?」
ルークは口だけで何もしてくれていないのではないか? と少し疑っていたルシアナは驚いて声を上げた。
それを聞いたルークが自嘲気味に笑う。
「そんなに信用してなかったんだ」
「あ、すみません、そんなことは……ないとは言えません。ごめんなさい」
ルシアナは謝りながら、資料を受け取った。
「一人だけですか?」
「うん、まぁ金色の髪って、この国だと王族や貴族に多いからね。冒険者の中だと珍しいんだよ。それに、シア君くらいの年齢の男の子は荷物運びとか解体の手伝いとかの雑用係が多いから、剣士は少ないんだ。それに、結構大変なんだよ? 冒険者ギルドで纏めている資料では、名前や年齢はわかるけれど、髪の色なんて記載はないからね。各支部に問い合わせをして、それらしい人の情報を送ってもらって、裏取りをして、ようやく一人見つかったんだから」
「そうだったんですか……えっと……え?」
その金の貴公子候補の冒険者が所在している冒険者ギルドの活動地を見て、ルシアナは一瞬言葉を失った。
ルークもその気持ちがわかるのか、深く頷く。
「まったく、これも運命というか……まさか、君がこれから行く西の砦近くの町だなんてね。あ、その似顔絵、良く描けてるでしょ? その支部の人に無理言って描いてもらったんだけど、どうだい? シアくんの好きそうな男性だろ?」
ルークが笑って言うけれど、ルシアナの耳には届かない。
何故なら――
(あの……ときの……なんで……)
そこに描かれていた似顔絵――その男性の顔は、前世でルシアナを誘拐し、彼女を殺した賊の顔に酷似していたのだった。