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第44話

 ルシアナは資料を食い入るように見た。

 名前はキール。

 年齢は十七歳。

 そして、その似顔絵。

 当然、年齢の差などがあって、瓜二つとまではいかないが、しかし他人と言い切るには似すぎている。


(そんな、でも彼の髪の色はどこにでもある茶色だったはず)


 少なくとも、ルシアナを攫った男の髪の色は金色ではなかった。

 ルシアナは自分の首に下がっている魔道具を握る。

 これに魔力を流すことによって、ルシアナの髪の色は金色から灰色へと変わるが、どのような髪の色に変わるかは魔道具によって異なる。


(私もマリアも、魔道具で髪の色を変えている……このキールって人も同じように色を変えていたのかも)


 ただの思い過ごしかもしれない。

 ルシアナが連れ去られ殺されたファインロード修道院近くの洞窟は、トラリア王国の北東の方角にある。西の砦とは、同じ国内であっても王都を挟んで反対の方角だ。

 それに、万が一同一人物であったとしても、いまのルシアナが命を狙われているということはないはず。


「シアくん、穴が空くほど凝視してるけれど、もしかして、彼が金の貴公子だったのかい?」

「いえ、ルークさん。彼は絶対に違います。けれど、情報ありがとうございます」

「そうか、違ったか。残念だよ。あ、それと例の森の穴、覚えている?」

「はい……できれば忘れたいですけれど」


 ルークが言っているのは、ゴーストの浄化依頼を受けて王都近くの森に出向いたときに偶然見つけた縦穴のことだ。

 動物や魔物があんなに無残に殺され、埋められもせずに放り込まれている光景、忘れたくても簡単に忘れられるものではない。

 何かわかったのですか? とルシアナが尋ねる。


「うん、冒険者ギルドで検証した結果、中に入ってる奴らは、全て剣で斬られていたことがわかった」

「それはルークさんも言ってましたね。剣で斬られた痕があるから、殺されてから穴に捨てられたのだろうと。でも、全部ですか……」

「ええ、全部です」

「一体一体、全部調べたんですか?」

「あぁ……大変だったよ。魔物を穴から引き上げるのは冒険者のみんなに頼んだんだけど、調べるのは職員の仕事だからね」


 ルークにしては珍しく、酷く疲れた様子で言った。

 穴の底を見たとき、魔物は既に腐りかけていた。穴の中に入って作業をする冒険者も大変だっただろうけれど、それを一体一体検分する職員も大変だろう。

 裏の解体場は今でも腐臭が残っていて、立ち入り禁止らしい。


「今日、ギルド職員さん、随分少ないですけど……エリーさんもいませんし」

「……三日前から女性職員全員で馬車に乗って慰安旅行だよ……そうでもしないと全員辞めてしまいそうだったし」


 管理職も大変なのね、とルシアナは思った。

 ちなみに、男性職員も女性職員と同じように魔物の検分を行ったのだが、休めないどころか、女性職員の分まで仕事を回されててんてこ舞いの状態らしい。

 ルークが疲れている表情なのは、検分が大変だったからではなく、現在進行形で大変だからかもしれない。


「話を戻す。ここからが重要なんだが――どうも、穴の底に魔法陣のようなものが描かれていたようでね――」

「魔法陣ですか?」

「どうも、動物や魔物の死体を不死生物に変えるものらしい。もしも発見が遅ければ、あそこにいた魔物たちは全て不死生物になっていただろうね。おそらくゾンビに」

「それは嫌な光景ですね。でも、不死生物になったところで、自力で穴から出るのは難しそうですが……」


 蝙蝠や鳥のような空を飛べる動物も、骨やゾンビになったとき、空気をうまくつかめなくて空を飛べなくなると言われている。

 深い穴だから、ロープも無しに自力で脱出するのは難しいだろう。

 そんな状態の不死生物なら怖くもなんともない。

 ルシアナはそう思ったが。


「……狭い穴の中に大量の不死生物……それって」

「シアくん、やはり君も知っていたか」

「蟲毒ですよね?」


 蟲毒とは、ある呪いの儀式の名前であり、そして毒の素となる素材の名前でもある。

 穴の中で大量の不死生物を殺し合わせ、それによって澱む魔力は濃度の高い瘴気となる。その瘴気は黒い液体となり、様々な毒の材料になると言われている。もっとも、非常に危険な呪法のため、トラリア王国の法で禁止されていて、本来は失われている呪法である。

 もっとも、教会の人間は、蟲毒に使われた場所の浄化作業があるので、浄化に関する知識だけは継承しており、ルシアナも前世のファインロード修道院で教えてもらった。


「でも、そんな話、私にしてよかったんですか?」

「うん、いやぁ、穴の底、蟲毒は完成しなかったとはいえ、結構魔力が澱んでいてね。穴を埋めるにしても一度、シアくんに浄化してもらおうと思ったんだよ」

「え、でも、私も暫くは休みを――」

「うん、今度、西の砦に行くからだよね? いまは用事はないよね?」

「え……はい……でも」

「大丈夫、夕方までには終わるから! ね、ちゃんと浄化の費用も出すから。またゴーストが出たらどのみちシアくんに浄化の依頼を頼むことになるだろ? それなら、今の内に浄化したほうが二度手間にならないで済むし」


 女性職員がいなくて忙しいのに、ここまで長々と説明してくれる理由がわかった。

 ルシアナは手元の資料を見る。

 金の貴公子ではなかったといっても、ルークはしっかり調べてくれていた。

 それに、ゴーストが大量発生したら、またトーマスにシロミツ草を取ってきてもらえなくなる。


「……わかりました」


 結局、今日もルシアナはいいようにルークに扱われていく。


 それを見ていた男性職員は――


「シアちゃんのおかげで、ゴーストに関する面倒な仕事は終わるな」

「あぁ、シアちゃんは本当に冒険者ギルドの聖女様だよな」

「元々シアちゃんがあの穴を見つけなければ面倒な仕事にならなかったんじゃ?」

「バカ、以前、蟲毒の発見が遅れた場所の近くの冒険者ギルドは、その後始末のせいで一カ月休みがなかったらしいぞ。しかも、今回は冒険者ギルドの主導で蟲毒を未然に防いだことになってるから、王都から職員全員に特別報酬が出るって噂だぞ」

「マジかっ!? シアちゃんマジ聖女じゃねぇか」


 そう言ってシアへの評判がうなぎのぼりになっている。

 そして、ある職員がため息をついた。


「シアちゃんが金髪だったらな……」

「あぁ、例の案件な……で、一人も見つからないのか?」

「回復魔法を使える冒険者がただでさえ少ないっていうのに、回復魔法を使える七、八歳の金色の髪の冒険者なんて、本当にいるんですか?」

「仕方ないだろ、何しろ王族からの依頼なんだから」

「だけどよ……これだけ探しても見つからないんだぜ?」


 シャルドからの金色の髪の回復魔法を使える七、八歳くらいの天使のような冒険者について教えてほしいと依頼を受けている冒険者ギルドの職員は、各支部から送られてきた冒険者名簿のチェックをするのだった。

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