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第45話

「お嬢様、ハンカチは持ちましたか? 向こうでは水不足だと聞いていますが、寝る前はお湯を使ってしっかり化粧を落としてからお休みください」


 マリアがいろいろと注意する。

 侯爵令嬢のアネッタだった頃の彼女は、どちらかといえば少し抜けているところがあり、それが可愛いと思っていたのだが、ステラの教育の賜物かそれとも立場が人を作るというのか、かなりしっかりしてきたように思える。


「ありがとう、マリア。でも、心配いりません。私たちも支援用に水を持っていきますし、それに護衛も多くは水魔法の使い手で構成されているそうですから水は十分使えます。それに、マリア、あなたも一緒に行くんですから、何の心配もいりません」


 今回、ルシアナはステラに頼み、側仕えではなくマリアに同行するように頼んでいた。マリアは現在も侍従見習い、側仕え候補であり、彼女にルシアナを任せることをステラは不安に感じたが、「シャルド殿下とずっと一緒の旅というのはとても緊張します。せめて、自室で休むときくらいは気の休まる相手と一緒にいたいんです」という願いに折れる形となった。

 だが、現在、ルシアナは迷っていた。

 西の砦の近くに、キール――前世のルシアナを殺した可能性が高い人間がいる。

 ルシアナが命を狙われたのは、十三年も未来の話だ。


『雇い主はどうも貴様に生きて貰いたくないらしい。できれば死体も見つからず、惨たらしく死んでほしいそうだ。恨むなら俺の雇い主を恨むんだな』


 キールと思われる男の言葉を思い出す。

 彼がルシアナを攫ったのは、誰にも見つからない場所で殺すため。しかも、誰かに依頼をされていた。

 惨たらしくと言うからには、個人的にルシアナに恨みを持っている人間である可能性が高いのだが、前世のルシアナは敵をいっぱい作っていたので、それだけで依頼主を特定することはできない。

 逆に、今のルシアナは、たぶん殺したいと思うような恨みを買ってはいないはず。

 シャルドとの婚約による妬みだとするなら話は別だが、でも、それならルシアナが婚約破棄され、公爵家から追放された時点で恨みが晴れていたはずだ。


「お嬢様、どうかなさったんですか?」

「ううん、なんでもないの」


 そう言って、ルシアナは服を畳んで鞄の中に入れる。


「お嬢様の服でしたら、私が持っていきますが」

「これは変装用だから」

「あ、修道服ですか。でも、向こうで変装する必要があるのですか?」

「こういうのって色々と役に立つの」


 以前の旅も使わないだろうと思っていたけれど、実際は役に立ち、非常にいい思い出を作ることができた。

 護衛に届けさせてくれたトーマスに感謝している。

 たとえ、役に立つことがなかったとしてもお守り代わりに持って行こうと思っていた。


「ルシアナお嬢様、マリア、馬車の用意ができていますよ」

「はい」


 マリアは両手に荷物を、ルシアナの荷物は呼びに来たステラが運び、トーマスが馬車に積み込む。

 今回はトーマスが御者をする。

 これはルシアナの要望ではなく、彼が一番、彼女の護衛の実績があるから適任であろうと、アーノルがヴォーカス公爵領から手紙を送ってきて、そう指示を出したからだ。

 一線を退いているとはいえ、トーマスも優秀な冒険者であったから、護衛としても申し分がないだろうとの気遣いである。


 そして、ルシアナたちは王城へと向かい、そこで殿下の乗っている馬車とその護衛たちと合流したのだが。


「今日はよろしく頼む……みます」


 そう言って挨拶をした護衛の中に、見知った少年がいたことに、ルシアナは驚いた。


「あら、カールさんも護衛役なんですか?」


 カールがいたのだ。

 彼がこの場にいたことも驚きなのだが、今日は騎士としての仕事だというのに、いつものようにトイレ掃除で使っていると思われるマスクを巻いていることにさらに驚かされた。

 もしかしたら、騎士の正装かと思ったが、他の騎士は誰もマスクをしていない。


(もしかして、あのマスクはカールさんなりのファッションなのでしょうか?)


 等と訝しんでいると、横からマリアが尋ねた。


「お嬢様、お知り合いの方ですか?」

「ええ、騎士訓練生のカールさんです。よく王城で話し相手をしてくれているんです」

「騎士訓練生をお嬢様の護衛に宛がうとは、少し扱いが雑なのではありませんか? お嬢様は公爵家の――」

「落ち着いて、マリア。ほら、カールさん以外の騎士の皆様はとても精悍な顔つきの方たちです。おそらく、カールさんが私の護衛の一人に選ばれたのは、護衛兼雑談の相手でしょう。それより、まずは殿下に挨拶を致しませんと」


 とルシアナは前に停まっている、おそらくシャルドが乗っているであろう馬車に向かおうとしたのだが、


「シャルド殿下は日頃の激務でお疲れなので、馬車で仮眠をしていらっしゃいます。誰も近付けさせないようにとレジー様からのお達しです」

「そんな――それはあまりにもお嬢様が……」

「マリア、だから大丈夫よ(むしろ計画がうまくいってる証拠じゃない)」

「(……そうですね、すみません、お嬢様)」


 納得していない様子のマリアだったが、シャルドと会ったところで、天気の話しかしないだろうことをルシアナは知っているので、むしろ助かったくらいである。


「カールさん、狭いですが馬車の中に入りませんか?」

「いえ、しかし、男が狭い馬車の中に入るとよからぬ詮索をする者も――」

「大丈夫よ、マリアもいるのですから、二人きりというわけではないでしょ? マリアとはいつでも話せますが、カールさんとはこういう時でないと話せませんから。皆さまも、よろしいでしょうか?」


 ルシアナが周囲の騎士に確認する。

 彼らも、ルシアナが望むのなら止めないという感じで、カールの同乗を許可した。


 ただ、これにはルシアナも少し思惑がある。


(カールさんは少しぶっきらぼうなところもありますが性格は悪くなく、訓練生でありながら私の護衛を任されるほど優秀で、なにより、トイレ掃除という本来なら嫌がるような雑務もしっかり行う殿方です。男性として魅力的であると言っていいでしょう。なら――)


 ルシアナは横にいるマリアを見てほくそ笑む。


(マリアの恋人候補にピッタリではありませんか! これをキッカケに二人の仲が深まれば、きっとカールさんはマリアを幸せにしてくれるはずです!)


 この旅、目標はシャルドに嫌われることだが、それと同時に、マリアとカール、二人の仲を深める恋のキューピットになろう!

 ルシアナは、そんな(余計なお世話過ぎる)決意をしたのだった。 

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