「改めて、彼はカールさん。騎士訓練生、つまり騎士様の卵です。彼女はマリア。私の侍従で将来の側仕え候補。仲良くしてくださいね」
ルシアナは手を合わせて笑顔で言う。
ルシアナの横に座っているマリアと、ルシアナの前に向かい合うように座っているカール――その紹介された二人はというと、
「………………」
「………………」
馬車に入って五秒で見つめ合っていた。このまま見つめ合っていればあと五秒後には恋に落ちる――なんてことはなく、五秒でバトルに発展しそうな展開である。
マリアが即座にカールを睨みつけ、カールもそれに応えるように睨みつけ合っていた。
「あ……は……は……」
ルシアナは困った。
カールはルシアナが公爵令嬢だと知っていながら、偉そうな態度で話しかけてくる、ある意味空気が読めない人間なので、別に女性二人に男性一人という環境でも普通に話しかけてくれると思っていたし、マリアは普段から明るくて他人と壁を作ったりしないタイプなので、そんなカールとは直ぐに打ち解けてくれると思っていたのだが。
「………………(なんですか、この男、お嬢様に馴れ馴れしく――騎士訓練生? そういえば、お嬢様がかわいい騎士訓練生のためにスコーンを焼かないといけないと仰っていましたが、まさかこれが? こんなののためにお嬢様はスコーンをっ!? まさか、お嬢様は冒険者のことを好きだと仰っていましたが、それはカモフラージュで、本当に好きなのはこの騎士訓練生だと言うのですかっ!? なりません、こんな口の利き方もわからない殿方は)」
「………………(この女、間違いない、髪の色は違うし化粧は落ちているが、モーズ元侯爵の娘のアネッタ嬢ではないか。俺も王族として学ぶため、彼女の処罰に対し意見を述べさせてもらい、その時に資料として似顔絵も見たから間違いない。俺は爵位の剥奪だけで十分だと思っていたが、政治上そうはいかず、表向きは処刑となり、裏では然るべき場所に送られたと聞いていたが、ここがその然るべき場所だと言うのか!? まさか、処分を下した王家の一員である俺に復讐するためにルシアナに近付いたのかっ!?)」
視線と視線が交差し、火花を散らす。
「お嬢様、彼とは一体どこで知り合ったのですかっ!?」
マリアが尋ねた。
「え? えぇと……王城で偶然? 私を不審者と間違えて彼が声を――」
「お嬢様を不審者と間違えたっ!? どこをどう見ればお嬢様が不審者に見えるんですか!?」
マリアが急に立ち上がり、馬車がバランスを崩す。
御者席にいたトーマスが、「マリアちゃん、急に立ち上がらないでっ!」と注意する中、カールがその理由を述べる。
「仕方ないだろ、こいつが茂みの裏に隠れてニヤニヤしてるから――」
「こいつ――いま、お嬢様のことをこいつと仰りましたか!? お嬢様はヴォーカス公爵家の――」
「マリア! それは私も注意しましたから。私相手だったら別に構わないですけれど、他の貴族相手にそんな口調で言うのはよくないと。彼も一生懸命言葉遣いを直そうと努力しているんです。マリアも、うちに来たばかりの頃はステラに怒られていろいろなことを直していったでしょ?」
「…………はい」
マリアは首肯して座った。
「俺からも聞きたいのだが、その侍従はまだ見習いなのだろ? 何故、同行しているんだ?」
「それは……」
とルシアナは考えた。
マリアと一緒にいたかったのは事実だが、一番の目的は、マリアとカールを会わせて、仲良くなったらいいなと思っていたわけだが、この状態の二人に言ったら、嫌がらせにしか見えない。
「それは……計画のためです」
「計画とは、一体何の計画だ?」
カールが尋ねた。
それを言うわけにはいかないから濁したのに……とルシアナは悩み、
「その、乙女の秘密と言いますか」
最後まで誤魔化そうとしたのだが、それを聞いたマリアが、小声でルシアナに尋ねる。
「お嬢様、シャルド殿下から婚約破棄されるための計画に、彼も関わっているんですか?」
しかし、狭い馬車の中での会話だ。一部がカールの耳にも届く。
「…………(こいつ、いま、シャルド殿下と言わなかったか? 俺の名前に計画、そしてアネッタ嬢……まさか、本当に)」
カールは横目で馬車の扉を見た。
いつでも扉を開けて脱出できるようにと。
それとも、馬車の速度が減速したタイミングを見計らい、外に逃げようかと考えた。
外に出たら、いるのはカールの護衛だけ。
彼らは安全を考慮し、カールがシャルドだと言うことを知っている。
ここから逃げ出せば、安全は確保できる。
「…………(待て、ルシアナが俺の暗殺など、そんなことをするとは思えない。となると、彼女はこのアネッタ嬢に利用されているだけの可能性が高いのではないか? ここで逃げたら、ルシアナはただ巻き込まれただけになってしまう。悪いのは彼女ではない、アネッタ嬢だ)」
「なんですか、先ほどからこちらを見て」
カールからの視線に気付いたマリアが睨みつけるように尋ねる。
それに対し、カールはさらに探りを入れることにした。
ルシアナが巻き込まれているだけなのか、それとも二人は通じ合っているのかと。
「マリアさんは、ルシアナ様と二人は随分と仲がいいのだなと思って」
「もちろんです。何といっても、私とルシアナ様は共犯者……ではなく主従の絆で結ばれていますから」
「……っ!?(今、共犯者と言ったかっ!?)」
カールが突然立ち上がり、馬車が揺れた。
御者席から、「だから、突然立たないでください」とトーマスの注意が飛ぶ。
「ルシアナ、貴様も俺……シャルド殿下の暗殺を企てる共犯者だと言うのかっ!」
「「え?」」
ルシアナとマリアは顔を合わせ、
「「えぇぇぇぇっ!?」」
と変な罪をなすりつけられたことに驚愕するのだった。
五分後、なんとかカールの誤解は解けた。
共犯者というのは、お菓子のつまみ食いの共犯ということになり、それがきっかけで仲良くなったと説明し、計画についても正直に話をした。
「だから、私はマリアの交際相手にカールさんはどうかなって思っていただけで、シャルド殿下の暗殺なんてそんなこと、まったく考えていないですよ」
「もう、お嬢様。私はいまは男性とお付き合いするつもりはありません。お嬢様のお世話ができるだけで幸せなんですから、それ以上の幸せを求めるのは神様に対して失礼です。それと、カールさんはしっかり反省してくださいね。貴族を暗殺者呼ばわりだなんて、不敬罪と言われても仕方がないのですよ」
「……すまなかった」
ちなみに、誤解を解く決め手となったのは、「カールさんにも言ったじゃないですか。私はシャルド殿下のことを何とも思っていないんです。本当にこれっぽっちも好きでも嫌いでもないんですから」というセリフだったという。
そして、改めて好きではないと言われたカールはどう思ったかというと――
「……あんなに叫んで、車酔いですか?」
「大丈夫ですか? 回復魔法をかけましょうか?」
「大丈夫だ……です……心配いりません」
彼の蒼くなった顔を見たら一目瞭然だろう。