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第50話

 馬車の荷下ろしとマリアのことはトーマスと冒険者ギルドの職員に任せルシアナはエグニの案内のもと、近くの診療院へと向かった。

 この町には教会に併設された診療院が合計で三箇所あるが、一番近い診療院には、二十人以上の人間が今回の病気が原因で入院しているという。

 入口の扉は開けっ放しになっていたので、呼び鈴を鳴らさず中に入る。


「邪魔するよ」

「なんだ、患者かと思ったら、エグニのババアじゃねぇか。ここは禁煙だ! 煙管の火を消してから入れ」


 部屋の奥から現れたのは、エグニと同じ位の年齢の神官服を着たお爺さんだった。

 エグニは煙管の中に入っている刻み煙草を地面に捨て、足で火を消して舌打ちをする。


「客に対して失礼だね、このジジイが」

「邪魔するなら帰れ。こっちは病人だらけで寝る間もない……ん? なんだい、そのちっこいのは」

「ああ、この子はシア。修道女だよ。この子に病人を診せてやってくれないか?」

「おい、とうとう耄碌きたのか、ババア。こんな小さい子に……ん?」


 お爺さん神官は、ルシアナの顔をチラリと見ると、何かに気付いたのか彼女の顔を覗き込む。


「嬢ちゃん、シアと言ったな? 回復魔法はどのくらい使える?」

「解毒魔法でしたら三十種類程。治癒魔法、体力回復魔法でしたら中級……」


 ルシアナは自分の実力を少し隠しておこうかと思ったが、今は街の危機的な状況下である。

 だから、正直に話すことにした。


「いえ、上級まで使えます」

「上級魔法だってっ!?」


 エグニが驚き、声を上げた。

 それほどまでに、上級回復魔法の使い手は少ないのだ。

 本当は特級回復魔法も使うことができるが、それは隠しているのではなく、使いこなすことができないとわかっているからだ。


「どこで学んだ?」

「ファインロード修道院です」

「ファインロードっ!? あのゼニスのババアがいるところかっ!?」

「修道院長をご存知なんですかっ!?」

「知ってるもなにも、あいつとは同じ釜の飯を食った仲だ……くそっ、まだ生きてやがったのか」


 まだ生きているもなにも、前世ではいまから十三年後の未来まで元気だった。その頃の口癖は、あと「十年は死なないよ」だったし、実際、ルシアナの記憶でも死ぬとは思えなかったから、後二十年は死なないだろう。


「そう言えば、修道院長が、ピピンという悪戯ばかりする弟弟子がいると仰っていました。確か、客用の砂糖菓子を全部食べてしまい、一日中杉の木に逆さ吊りされたとか……それって、もしかして――」

「ちっ、そんなことまで覚えてやがるのか」

「やはり、ピピン様でしたか。修道院長から聞いていた印象のままです」


 そう言ってルシアナは小さく笑う。

 エグニは呆れた口調で言う。


「あんた、昔からやってることが変わらないじゃないか」

「うるさい。だが、ゼニスのババアが認めた修道女なら問題ないだろ。来てくれ」


 ピピンはエグニとルシアナを二階の病棟へと案内する。

 やはり回復魔法の使い手が少ないのか、容態の悪い患者が多いように思える。


「ピピン様以外の神官様はいらっしゃらないのですか?」

「いるにはいるが、ほとんどがモラバの坊主のところに取られてな。ったく、この町もヤバいっていうのに」


 ルシアナはざっと部屋にいる人を見回し、一番容態の悪い女性の前に立った。

 そして、その女性の手を握る。


「シ……スター、どうか……おす……くいを」


 女性がうっすら目を開けて言った。

 ルシアナは微笑み、そして言う。


「もう大丈夫ですよ。今すぐ治療しますから」


 そう言って魔法を唱える。


「グレーターリバイバル」


 中級体力回復魔法により、女性の体力を大幅に高める。

 先ほどまで真っ青だった女性の顔が、随分マシになったように見える。


「凄いね……回復魔法は専門じゃないけど、あたしにもそれくらいはわかるよ」

「ああ、今のは中級魔法だが、効果はそれを軽く凌駕する。普通の中級魔法の五割り増しはあるんじゃないか?」

「五割り増しだってっ!? それって、もはや上級魔法じゃないのかい」

「そこまではいかないが……くそっ、ゼニスのババア、とんでもない隠し玉を育てやがったな」


 ピピンは忌々し気に思いながらも、しかし、今は頼もしい存在だとシアに声を掛ける。


「シアの嬢ちゃん、悪い、こっちにも同じ魔法を頼む!」

「はいっ!」


 ルシアナは同じように中級体力回復魔法をかける。

 そして、思った。


(あれ? 以前より魔力の消費が少ない……ううん、私の魔力が増している? そういえば、魔力は子供のうちから成長しやすいと聞いたことがある。もしかして、私の魔力もいまが成長期なの?)


 そう思いながら治療する。

 症状の重い人は中級体力回復魔法で、症状の軽い人は下級体力回復魔法で体力を回復していく。

 病気の原因が分かっていない以上、解毒魔法で病気そのものを根絶できないことが少し歯がゆい。

 しかし、どうも様子がおかしい。


「あの、ピピン様」

「なんだ?」

「この病気、何かおかしいんです。まるで呪いのような」

「呪い……か」

「はい。呪詛のようなものを感じるんです」


 ルシアナは患者に魔力を流すとき、僅かな違和感に気付き、そう言った。


「呪詛ってなんだい? 誰かが呪いをかけて回っているというのか?」

「いえ、水が原因で広がっている病気ですからね。誰かが川の上流に呪詛を籠めた毒を流している感じでしょうか? いえ、それだと長時間呪いが蔓延する理由にはなりませんから、呪いの源が川の上流にあるのかもしれません」


 エグニの問いに、ルシアナが答える。

 すると、エグニは驚いたように言った。


「なんだ、嬢ちゃんもあの坊やと同じことを言うんだね」


 どうやら、ルシアナ以外にも同じことを考えていた人間がいたらしい。

 ピピンがエグニに問いかける。


「坊やって誰のことだ?」

「この町に最近来た冒険者の坊やだよ。病気の原因が何か呪詛的な物かもしれなくて、川の上流にあるかもしれないから、調査をさせてほしいってね」


 ルシアナは驚いた。

 川の水が原因だとするのなら、上流に原因があると思うのは当然の推測だけれども、それが呪いによるものだと思える人間は少ないだろう。


「それで、調査の許可は出したのですか?」

「まぁね。いつまでも飲み水を他の村から運ぶわけにはいかないからね。少しでも手がかりが手に入る可能性があるなら、調査の許可くらい安いもんだよ。それに、なかなか話のわかる坊やだったからね」

「なんだ、ババアが男を褒めるなんて珍しいじゃねぇか。なんだ、その男に惚れたのか?」

「ははは、相手があと十歳ほど年食ってて、あたしが三十年若ければ考えたかもしれないがね。まだ十五の坊やじゃ、そんな気は起きないよ」


 十五という年齢を聞いて、ルシアナに予感に似た何かが舞い降りた。


「エグニさん、その冒険者の名前、教えてください」

「ん? なんだ、嬢ちゃんもカッコいい坊やに興味があるのかい?」


 エグニはそう確認を取り、その冒険者の名前を告げた。


「バルシファルって名前だったよ」

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