「聖女様、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
男の子の治療を終えたところで、ルシアナはその母親から泣いて感謝された。
聖女じゃありませんと言える雰囲気ではなく、彼女は引きつった笑みを浮かべて、感謝の言葉に応えた。
重症者を中心に治療して回っており、エグニの持って来た魔力回復促進薬(激マズ)で魔力の自然回復量を増やしながら頑張ってきたが、魔力切れになってしまった。
魔力切れになっても歩けないことはないのだが、エグニが馬車を回してくれたので、ピピンとそれに乗った。
「お疲れさん、シアの嬢ちゃん。でも、よかったのかい? 診療費を貰わなくて」
ピピンが尋ねた。
「はい、皆さん、病気が落ち着いたら教会に寄進してくださるとおっしゃっていたので」
「でも、それだと……いや、感謝するよ」
「どういたしまして。でも、いまはベッドに着替えずに横になって、そのまま寝てしまいたいです」
そんなことをしたら、マリアに怒られるのはわかっているのだけれど、ルシアナは欲望をそのまま口にした。
すると、馬車を操縦していたエグニが笑って言った。
「魔力を回復するには寝るのが一番だからね。でも、しっかり食事も食べないとダメだよ。うちのギルドで食べていきな。お金はいらないから」
「ありがとうございます。ご馳走になります。そういえば、お腹が空きすぎて、お腹が空いていたのを忘れていました」
魔力回復促進薬は、魔力の回復を促す代わりに、物凄く空腹になる副作用がある。一応、パンや果物を貰っては、移動中に食べていたのだけれども、それでは追いつかないくらいルシアナはお腹が空いていた。
「儂もいただこうかの」
ピピンの言葉に対し、エグニが「あんたは有料だよ。ちゃんと金を払うんだね」と言ったのをキッカケに、口喧嘩が始まった。
仲がいいのか悪いのかどちらなのだろう? と考えたけれど、空腹を意識したせいで思考回路が纏まらず、ルシアナはぼーっと笑みを浮かべて二人のやり取りを窺っていた。
そして、馬車は夜の街を駆け抜け、冒険者ギルドに戻ってきた。
「着いたよ。あぁ、お友達も待っていたようだね」
冒険者ギルドの前ではマリアがルシアナの帰りを待っていた。
馬車が停まると、ルシアナは馬車から降りてマリアに駆け寄る。
「マリア、中でトーマスさんと待っていてくれてもよかったのに……マリア?」
「あ、お嬢様! お帰りなさいませ。すみません、気付かずに」
「ええ、大丈夫だけど、どうしたの?」
「えっと、お恥ずかしい話、カッコいい冒険者の方が中に入ったので見惚れてしまいまして」
「カッコいい冒険者? へぇ、どんな人?」
「年齢は私たちより年上なんですが、白髪に近い金色の髪の剣士で――」
「――っ!」
バルシファルだと思い、ルシアナはマリアの言葉の途中で冒険者ギルドの中に入り、「ファル様――!」と叫んだ。
と同時に、冒険者ギルドのカウンターに背中を向けて立っていた金色の髪の男の身長が、バルシファルより少し低いことに気付く。バルシファルが百八十センチ近くあるのに対し、その金色の髪の男の身長は百七十センチほどしかなかった。
ルシアナの声に気付き、男は振り返った。
その男の顔を見て、ルシアナは息を呑む。
その時、彼女は思った。
いくら空腹で思考が働かないと言っても、迂闊すぎると。
ルシアナが知る限り、この街には金色の髪の冒険者は二人いる。
一人はバルシファル。
そして、もう一人は――
(……キール)
前世でルシアナを殺したと思われる男――キールがそこにいた。
似顔絵だけでも似ていると思っていたが、身長等も前世の記憶の中の彼と同じように思える。
髪の色を変える腕輪を着けているようには見えない。
確かに、顔立ちは整っていて、頬に傷があるけれど、そこが野生的にも見えて、そういう男性に免疫のないマリアからしたらカッコいい冒険者に見えないこともないだろう。
「なんだ、子供の修道女?」
キールがルシアナを見て怪訝そうに呟く。
ルシアナは一歩後ろに下がり、その場から逃げ出したくなった。
「おぉ、キー坊。帰っておったのか」
「婆さん、キー坊はやめてくれって言ってるだろ。あぁ、ウルフの討伐依頼は終わった。いま、解体に回したところだ」
「ご苦労だったね」
キー坊と呼ばれたキールは、エグニと親しげに話す。
二人のやり取りを見ているあたり、特に悪い男には見えない。
「どうだい、一緒に飯でも食べていくかい?」
「ぎっ」
思わずルシアナは声を上げてしまった。
キールと一緒にご飯を食べるなんて、絶対に落ち着かないと思ったからだ。
「なんだ、嬢ちゃん。バルシファルの坊やだけでなく、キー坊とも知り合いだったのかい?」
「いえ、全然知らない人です」
「ああ、俺も知らないな。なんだ、この子は? ここは子供の遊びに来る場所じゃないぞ」
キールがそう言ってルシアナを見る。
怒っているようには見えないので、単純に注意しているようにも見えた。
「失礼なことを言うんじゃないよ。この子はシアって言ってね。いま、町中の病人を治して回っている聖女様さ」
「エグニさん、私は聖女なんかじゃ――」
「謙遜するんじゃないよ。みんな聖女様だって言ってただろ」
「だから、聖女は国と教会が認めた人だけが名乗れる人で、私はそんな大それた人じゃありません」
そう言いながら、ルシアナはキールを警戒しつつ思った。
キールはエグニの言葉を聞いて、じっとルシアナのことを見詰める。
(お願い、エグニさん。私のことをこれ以上何も話さないで。私は空気だと思ってください! そう、サンタさんみたいに!)
とルシアナはバルシファルと一緒にいるのに存在感のまるでない少年のことを思い出し、彼みたいに空気であろうと思った。
その願いが通じたのか、
「いや、飯はいいや。少しやることができたから」
と言って、キールは冒険者ギルドから出ていった。
ルシアナは大きく息を吐く。
エグニによって肉たっぷりの冒険者飯をご馳走になり、マリアと二人、冒険者用の仮眠室に案内された。
そのまま寝たかったけれど、案の定マリアにしっかりお湯で体を拭いて綺麗にするように言われた。水は貴重だから必要ないと言ったものの、エグニが好意で用意してくれたのと、バルシファルがこの街にいるということで汗臭い状態で彼の前に出られないということもあり、しっかりマリアと二人、体を洗いっこしてベッドに寝た。
寝る直前、トーマスのことを思い出して、マリアに尋ねたところ、エグニさんにいろいろと雑用を押し付けられていたので、今夜は泊まり込みで仕事らしい。
今回の旅で、彼が一番ハズレ籤を引いている気がする。
この旅が終わったら、しっかり労わないといけない。
そう思って、ルシアナは眠りについた。
「あれ?」
妙に体が揺れるなと思って、ルシアナが目を開けたとき、星空が見えた。
冒険者ギルドの仮眠室に寝ていたはずなのに、一体何故だろうかと、ルシアナは寝ぼけた状態で次に見たのは、荷車だった。
いつの間にか馬車に乗せられて、ルシアナは移動していた。
そして、御者席に座っていた男が振り返って言う。
「目が覚めたか、聖女様」
その男はキールだった。
どうやら、ルシアナは再び彼に攫われてしまったらしい。
「――いやぁぁぁぁぁぁあっ!」