森の民の成人男性十二名、そしてキールと神獣とともにルシアナは森の民の村へと向かうこととなった。
キールは剣を持っているが、それ以外の武器は槍と弓矢である。
あの大きな鬼を見ると、剣で戦うのがいかに無謀かはルシアナもわかっていた。
できることならば、離れた場所から矢で射殺すことができればいいのだが、恐らくそう簡単にはいかないだろう。
「すまないな、シア様。こんな危険な仕事も付き合わせてしまって」
「それはキールさんのせいじゃないですよ」
悪いのは、横で呑気そうに歩いている犬だとルシアナは思った。
とはいえ、ルシアナは前世では神に己を捧げた身。
異教の信仰対象であると言っても、神の名を冠する者を責めるわけにはいかない。
それでも、少しだけ怒っているルシアナは、後で絶対にもふもふしてやると心に誓った。
村に戻ったところで、先ほどから変化らしい変化はない。
魔力の澱みも、短時間で変わるものではない。
村の入り口の遺体もそのまま放置されていて、別の悪霊が取り憑いているとかそういうこともない。
「わふ」
神獣が小さな声で鳴いた。
ルシアナには、お腹が空いたのか、遊びたいのかどちらかの鳴き声にしか聞こえなかったが、森の民の長が通訳をする。
「準備ができたら、神獣様が社の下にいる鬼を穴から出してくださるそうです」
本当にいまの一回の鳴き声で、そんな細かい説明をしたのだろうか?
とルシアナは疑問に思った。
たった一回鳴いただけで、そこまで意思疎通できると言うことに驚きだ。
意思疎通ができるのなら、気になることを聞いてみることにした。
「長様、どうして私にしか神獣様の姿が見えないか聞いてもらうことってできますか?」
「それは、シア様が聖女様だからでしょう」
だから、私は聖女じゃありません――とルシアナは言いたかった。
でも、神獣に聞いても同じ答えが返ってきそうな気がする。
「あの、長様。気になるのですが、別に鬼を外に出さなくても、土を持ってきて埋めてしまえばいいだけでは? もしくは、穴の上から矢を射るとか」
「土で埋めるのはダメですね。不死生物は呼吸をしなくても生きていられますし、呪詛が土の中に染み渡れば、病気がさらに広がってしまいます」
「わふ」
ルシアナの言葉を補うように(?)、神獣が鳴いた。
「あの穴は、今現在、神獣様が封印し、鬼が外に出られないようにしているが、そのせいで外から攻撃をすることもできない。封印を解けばその瞬間、鬼が外に出るそうだ」
神獣がどうやって鬼を穴から出すのだろうとルシアナは気になっていたけれど、逆だった。
神獣は現在、鬼を外に出ないように力を加えている状態で、その力を解けば勝手に出てくるらしい。
(本当に凄い力を持っているんですね……それでも鬼を倒せるほどではないと)
それだけ、鬼が強力ということなのだろう。
「わふ」
「神獣様が、武器に破邪の力を付与するようにと仰っています」
「わかりました。ホーリーエンチャント」
ルシアナが魔法を唱えると、森の民が持ってきた槍と矢に破邪の力が込められた。
「聖女様は神獣様と後ろで待機していてくれ」
「……わかりました。キールさん、無茶だけは……いいえ、絶対に死なないでください」
ルシアナはそう言って、かなり距離を取った場所に、神獣と移動する。
無茶だけはしないでほしいと願ったルシアナだったが、どれだけの強さを持っているかどうかわからない鬼と戦うと言うこと事態が、無茶な話だとルシアナは思った。
ならば、死なないでほしい。
準備は整った。
「わふぅぅぅぅぅん」
神獣が声の籠った遠吠えをする。
その声が周囲の森に響き渡った。
そして、静寂が周囲を包む。
このまま、何も起きないのではないか? そんな風に思ったときだった。
村の奥の大社が急に音を立てて崩れた。
そして、穴の中から、その鬼は現れた。
「大きい……」
穴の上から見ていたよりも遥かに大きいように見える。
少なくとも大社の屋根のあった位置より高い場所に頭があるから、五メートルは超えているだろう。
穴の中にいたのは赤い鬼かと思ったが、地上に上がった鬼はどちらかというと赤黒い気がする。角も真っ黒だ。
恐らく、あれは他の魔物や動物の血が呪詛となり体に染みついている。
森の民たちはまだ攻撃を仕掛けない。
用意した矢には限りがある。
ギリギリだけ引き付けるつもりのようだ。
それに気付いたかはわからないが、鬼が社の瓦礫の一つを放り投げた。
あんな大きな瓦礫が直撃したら無事じゃすまない。
避けて――とルシアナが叫ぼうとしたその時、
「わふぅぅぅぅぅぅんっ!」
神獣が大声で鳴いた――その時に生まれた衝撃波が瓦礫を木っ端みじんに破壊する。
「凄い……あなた、本当に神獣様だったのね。その力で鬼を倒すことはできないの?」
「わふ? わふぅぅぅぅぅんっ!」
もう一度神獣が吠えた。
再び放たれた衝撃波が鬼の頭に当たったが、効果があるようには思えない。
神獣は、舌を出して、ハァハァと息を吐き、「ほら、無理でしょ?」という顔でルシアナを見た。
たぶん、相性の問題なのだと思う。
神獣が放った衝撃波は物理的な力はあるが、鬼を浄化するための破邪の力が全くない。
そして、ルシアナの破邪の力を付与する魔法は、形あるものには付与できるが、形の無い物――例えば音波のようなものには付与できないようだ。
衝撃波を耐えた鬼は、ルシアナの方を睨みつけているような気がした。
横にいる神獣ではなく、ルシアナを。
「え? もしかして、鬼にも神獣様の姿は見えていないんですか!? もしかして、いまの、私がやったと思われてるんですかっ!?」
ルシアナの問いに、神獣は「わふぅ」と答えた。いや、ルシアナには本当に答えたのか、ただ鳴いているだけなのかは判別できないが。
そして、鬼は社の瓦礫を跳ね除け、ルシアナの方向に向かって歩いてくる。
狙いを彼女に定めたのは間違いない。
そして――
「いまだっ!」
森の民の長の号令の元、一斉に矢が放たれた。