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第61話

「なるほど、事情はわかったよ。まさか、蟲毒の術式に、災害級の鬼の出現、しかもそれをシアが倒してしまうなんてね」

「いえ、それは私ではなく、ファル様と皆さんで――」

「それにしても森の民の生き残りがいたとはね――」


 エグニは事情を聞いて、「どうしたものかね」とため息をついた。

 人数が少ないとはいえ、新しい村ができたとなれば、領主に報告する義務がある。

 ただ、この街や森の民が現在住んでいる森は西の砦から近いため、王室の直轄地である。

 つまり、国王陛下の許可が必要ということになる。

 ルシアナからシャルドに頼もうかと思ったが、西の砦から勝手に帰った挙句、物資を持ち出してきた手前、すんなり要求が通るとは考えにくい。


「それについては私に妙案があります」


 そう言って、バルシファルは自分が持っていた冒険者カードをエグニに見せた。

 彼女はそれを受け取ると、特記事項の部分を目に近付けて見る。

 何が書いているのだろうとルシアナは気になったが、どうも特殊な魔力インクで書かれているらしく、離れた場所からだと文字がぼやけて読めない仕組みになっていた。


「なるほど……わかった。この件は一度坊やに預けるよ」


 そして、エグニは視線をバルシファルからキールに向ける。


「それと、キー坊……あんたにはどんな罰を与えようかね」

「どんな罰でも受け入れるつもりだ」


 そう言って、彼は冒険者カードをエグニの前に置く。

 冒険者をクビになることも覚悟しているのだろう。


「ただ、金はない」


 キールはそう言い切った。持っていた金は、全部森の民に持っていく物資に化けてしまったからだ。


「そんなもんこっちも把握してるよ。そうさね、嬢ちゃん、どんな罰がいい?」

「え? 私ですか?」

「あんたが被害者なんだ。望む罰を言いな」


 そうは言われても、キールに一番望むことは、「私を殺さないで下さい」というものだ。

 そして、今の状況を見ると、キールが今のまま健全な精神を保っていれば、ルシアナの願いは叶ってしまう。


(それでも安全を考えるとしたら、キールさんにはルシアナの目の届かないところにいってもらう? いいえ、逆ですね)


 ルシアナは頷き、そして言った。


「キールさんには私のために働いてもらいます。もちろんお給金も出しますし」

「雇うということか?」

「はい。私が外出するときはトーマスさんについてきてもらってるんですけど、いつもトーマスさんにお世話になっていたら迷惑になってしまうので、面倒を見てくれる人が必要なんです。キールさんなら……えっと、言葉遣いさえ直してくれたら、私のところで働けると思います」

「わかった。シア様に忠誠を誓う」


 そう言って、キールは跪いた。

 目の届かないところで、今回みたいに記憶を消されそうになるより、目に見えるところで働いてもらった方が安心できる。


「それでは、エグニさん。まだ少し魔力が残っていますので、今日の分の診療を――」

「そうさね。まずは、嬢ちゃん、後ろの子をなんとかしておくれ」

「え?」


 振り返ると、そこには涙目になっているマリアがいた。


「マリア?」

「シア様っ!」


 マリアが涙を流してルシアナに抱き着いた。


「マリア、ごめんなさい、心配かけて」

「ごめんなさい、私が眠っていたせいで――」

「いいえ、マリアは何も悪くありません」

「何もできませんでした――私、何も。カールさんはシア様を探すために西の砦を出てくれたのに」

「え? カールさんがっ!?」

「はい。さっき砦に帰ってきて、シア様が無事だと報せてくれました」


 もしかしたら、あの時バルシファルが見つけた子供の足跡も、カールのものだったのかもしれない。

 それだったら声を掛けてくれたらよかったのにと思った。

 まさか、冒険者ギルドではなく、カールにまで迷惑を掛けていたとは思わなかったルシアナは、今度会ったときにしっかりと謝らないといけないと自分に誓う。


「その……すまなかった」

「あ、あなた――! シア様を攫った――」


 マリアはキールを見ると、声を上げて睨みつけた。


「マリア、そのこともあとで話します。ね」

「はい。今日は絶対に離しませんから」


 こうして、マリアに抱き着かれたルシアナは、エグニから今日一日宿でゆっくり休むように言われた。


「ファル様、本当にありがとうございました。また王都でお礼をさせてください。サンタさんも、ありがとう……ってあれ? 今日はサンタさんはいないんですか?」


 いつもバルシファルの隣にいて当然だと思っていたサンタの姿が、今日はどこにも見えなかった。


「ああ、彼は調べものがあると言ってね。暫く別行動を取っているんだ」

「そうだったんですか」


 いても全然気付かないサンタ、いなくても気付かなかった。

 一体どこにいるのだろう?

 ルシアナはそう思ったが、


「そうだね。私もまだ調査の仕事が残ってるから、王都に美味しい紅茶の店ができるそうなんだ。帰ったら一緒に飲みに行こう」

「はい、是非!」


 バルシファルに誘われたことで、サンタのことはすっかり忘れてしまった。

 ちなみに、もう一人、すっかり忘れられていたトーマスはというと、その頃にはルシアナを捜してガラフ伯爵領に続く検問所にまで到着していた。


   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「はっくしょん……もしかして、まだ見ぬ美少女が俺のことを――っと、見えてきた見えてきた」


 噂をされていたのは事実だが、直ぐに忘れられたことには気付いていないサンタは、崖の上から大きく、そして古い修道院を見下ろした。

 トラリア王国の北東、辺境にある教会、ファインロード修道院に。


(ファル様は、シアちゃんのことを気に入っているようだけど、あの子は絶対に普通の子とは違う。念のために調べるのも従者の務めだからね)


 あの笑顔の修道女に申し訳ないとは思いつつも、バルシファルに近付く者を調べるのも自分の役目だと、サンタはファインロード修道院へと向かう。

 シアに関する情報を少しでも得るために。


   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 三日後、治療の仕事を終えたルシアナは王都に戻るため、トーマスが操縦する馬車に、キールとマリアと三人で乗った。

 そして、ルシアナのことを見送ろうと、エグニやピピンを含め、大勢の街の人が冒険者ギルドの前に集まった。

 それは別にいいのだが――


「聖女様、ありがとう!」

「ありがとうございます、聖女様!」

「聖女様、また是非町にいらしてください!」


 シアが聖女であるという噂は既に街中に広がり、ルシアナにはそれを止めるための手段がなかった。いくら、聖女は教会と国王の承認によって初めて認められるものだと説明しても――だ。


「大人気だな、シア様。もういっそのこと、聖女様になったらどうだ?」


 街を出て街道を進む馬車の中で、キールが笑って言う。


「キールさん、言葉遣い本当に勉強してくださいね」

「あぁ、わかってるけど、どうも時間がかかりそうだな。でも、教会ってそんなに言葉遣いが大切な場所なのか?」

「いいえ、私たちが行くのは教会ではありません」


 とルシアナは予備の髪の色を変える腕輪を外し、金色に戻った髪を見せて、キールに説明した。



「えぇぇえっ!? シア様が、ヴォーカス公爵令嬢っ!?」

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