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第66話

 ルシアナは今日も屋敷を出て、シアとして冒険者ギルドに訪れた。

 ただし、いつもと違うのは、今日は冒険者として依頼を受けるためだ。

 冒険者の依頼は、基本、魔物や盗賊退治、商人の護衛、危険な場所での採取活動などが町の外での物が主な仕事だが、清掃やペットの散歩、荷物の配達等、子守り等、町の中でもできる戦いとは関係のない仕事も数多くある。

 せっかくルークから冒険者カードを貰ったのだから、そういう仕事をしてみようと思ったのだ。

 冒険者ギルドの掲示板に張り出されていた依頼を一枚一枚調べていく。


「どんな依頼にしましょうか。あ、この家庭教師の仕事なんてどうですか?」

「やめておいたほうがいいぞ、絶対に断られる」


 護衛としてついてきていたキールがそう断言する。


「私でもできますよ、家庭教師くらい」


 ルシアナは一応、十五歳から二年間、貴族の学校に通っていた。成績は決していい方ではなかったが、それでも孤児院でも子供の面倒や勉強を見てきた実績もあるため、家庭教師くらいできると思ったのだが――


「十三歳の商人の息子の家庭教師だぞ? 実際にシア様の方が賢かったとしても、七歳の子供に教わったらプライドもなにもあったもんじゃないだろ」

「あ、それもそうですね」


 キールの言葉に納得し、他の仕事を探すことにした。

 その時だった。


「なんだ、いつからここは女子供の遊び場になったんだ? もうちっと大きければ、俺が味見してやったのによ。チビ修道女は教会に帰って家でねんねしてな」


 と一人の若い冒険者がルシアナを見下し、下品な笑みを浮かべる。

 それを聞いて、ルシアナは絡まれていることに気付いたが、しかし恐怖はなかった。

 キールが守ってくれているからという理由ではなく――


「おい、お前、シアちゃんに何してるんだ?」

「新人か? よし、先輩の俺がいっちょ面倒をみてやるよ」

「ほら、こっちに来い!」


 いつもルシアナに蜜飴をくれたり、ジュースを奢ってくれたりする強面の優しい冒険者たちが、笑顔で若い冒険者の肩を掴み、奥の個室へと入っていく。

 そして、個室から、先ほどの若い冒険者の悲鳴と絶叫が響いた。

 冒険者ギルド内での暴力沙汰は御法度なのだが、一部始終を見ていた他の冒険者もギルド職員も「さっきから犬の遠吠えが聞こえるな。発情期か?」「そうか? なんか今日は耳がやけに遠いな、何も聞こえないや」と白々しく話していた。


「シア様、愛されてるな」

「はい、皆様いい人ですよ」


 キールの言葉に、ルシアナは笑顔で答える。

 尚、潰された――もとい、教育的指導を受けた若い冒険者は、ルシアナに回復魔法をかけてもらい、事なきを得た。

 その後は改心したようにルシアナ信者の一人となるのだが、ここでは語る必要はないので割愛する。


「あ、この幽霊屋敷の掃除なんてどうですか? 私にピッタリじゃないですか!」


 掃除は修道院時代に一番していた仕事だし、幽霊がいても浄化できる。

 まさにルシアナのためにあるような仕事だった。


「確かにシア様にはぴったりだけど、一緒に行く俺の身にも――」

「おい、お前、シアちゃんの護衛なんだろ? なに嫌そうな顔をしてるんだ?」

「シアちゃんの護衛なんて、うらやま……光栄な仕事、断ってるんじゃねぇよ」

「なんならお前を殺して俺が代わってやろうか?」


 と新人の教育的指導から帰ってきた強面の優しい冒険者三人に説得され、キールもルシアナの仕事に笑顔で付き合うことになった。


「……シア様、ほんと愛されてるな」

「はい、皆様とてもいい人ですよ」


 ルシアナは曇りのない笑顔で言った。

 依頼人から屋敷の鍵を受け取り、掃除に向かう。

 問題の幽霊屋敷は、王都の郊外にあった。

 元々は貴族の屋敷だったそうだが、今は誰も住んでいないらしい。

 貴族街ではなくその外にあるということだから、爵位を持たない下級貴族の家だろうとルシアナは思った。

 屋敷の敷地面積だけでもルシアナの住む公爵家の別邸の五分の一もない。

 門の鍵を開けて中に入る。

 庭は多少手入れされているようだったが、もう一つの鍵で扉を開けて中に入ると、長い間換気のされていない篭った空気がルシアナを襲った。

 まずは一階の窓を開けていく。


「狭いといっても一人で掃除するにはやはり大変ですね。マリアにも一緒に来て……あ、ダメですね」


 以前、モーズ侯爵邸の地下に降りたときのマリア――その頃はアネッタだったが――の怯える様子を思い出して、ルシアナはここに彼女を連れてくるのはダメだと思った。


「その気遣い、俺にも欲しいな」

「キールさん、幽霊が苦手なんですか? 森の民の村では不死生物がいても平気そうにしていたじゃないですか」

「苦手ってほどじゃないが、不気味な雰囲気は嫌だな。それに、あそこにいたのは、元々村の連中だから、怖がったらあいつらに悪いだろ? ここにいる幽霊はあいつらとは関係ないからやっぱり嫌だな」


 キールの優しい気持ちに、ルシアナはほっこりとした。

 見た目と口調ががさつっぽいから、特にその優しさが際立つ。

 それと同時に、キールが森の民に関する記憶を失うことによって優しさを失ってしまった前世が悔やまれる。

 もしも前世の世界が、ルシアナが死んだ後も続いているのだとしたら、彼にはいつか記憶を取り戻して、幸せになってほしいとルシアナは思った。


「ん? どうした、シア様。こっちをじっとみて」

「いえ、キールは変わらないでほしいなって思っただけです」

「いつまでも幽霊に怯えてろって言うのか?」

「安心してください、キールさんのことは私が守りますから」


 ルシアナはそう言って、近くに悪霊の気配がないか探りながら、どこから掃除をしようか考える。

 その言葉を聞いたキールは、


「……それは逆だろ。シア様のことは、俺が命に代えても守るって誓ったんだからよ」


 と小さく呟くが、その声はルシアナの耳には届かなかった。

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