草むらの中から現れた男たち。
サンタにとって、三十名を超える盗賊に出くわしたのは初めてのことだし、想定もしていなかった。
目の前にいるのは、いかにも健康そうな十代後半から三十歳前半までの働き盛りの男たちだった。
そもそも、盗賊団の大半は、不作などの理由で自分の生活ができなくなった農民たちが自前の鍬や鋤を持って仕方なく商人等の馬車を襲う物が多く、そしてその規模も多くて七、八人といったところ。
こんな三十人規模の盗賊団など、維持するだけでも崩壊してしまう。
そもそも、ここは王都から馬車で半日の場所、早馬だと数時間で着いてしまうような場所だ。
普通なら直ぐに噂になり、騎士隊が駆け付ける。
だが、このような盗賊団がいるなんて話、情報収集に長けたサンタの耳にも入っていない。
だとすると、恐らく目撃者は全員皆殺し、仲間への規律も厳しく裏切るそぶりを見せれば容赦なく殺すような組織だと思われる。
「……いや、違うな」
一瞬、とある組織の名前がバルシファルの脳裏をよぎったが、それにしては年齢が若すぎるとその考えを否定する。
「こんな街道に盗賊団だとっ! 聞いていないぞ、近くの草原では騎士隊の合同演習に使うというのに」
冒険者のリーダーである男がそう叫んだ。
「くっくっくっ! そのくらい知っているさ! 何故なら、俺たちは地元民だからな!」
「ああ、近くのイッポという村で青年団をしていた!」
「俺はニッポの村の青年団員だ! 合同で清掃活動に従事していたとき、これだけいたら掃除なんかよりもっと大きいことができるんじゃね? って話し合って――」
「俺はサンポの青年団だ! なら盗賊でもやってみようぜ! という感じで今日から盗賊デビューだ!」
それを聞いてもバルシファルは笑みを絶やさなかったが、サンタは頭を抱えていた。
こんなバカな理由だなんて、想像すらしていなかった。
「てめぇら。こっちは全員戦いのプロだぞ! 痛い目を見たくなければ、とっとと家に帰って畑でも耕してろ」
「これはヴォーカス公爵家の紋章だ。馬車に傷一つでもつけたら一族全員死刑だぞ」
一緒に雇われた冒険者、そして公爵家の護衛が大声で言う。
バルシファルは思う。
相手は急造の寄せ集めの一団だ。
ノリと勢いで盗賊団なんて名乗っているが、リスクを提示すれば、必ず一人や二人は盗賊団を抜けようとする。たった一人や二人と思うかもしれないが、蟻の穴から堤も崩れると言うように、他の者も抜けていく。そうすれば、集団の維持は困難となるだろう。
だが、盗賊団の男たちは不敵な笑みを浮かべ、誰ひとり動こうとしない。
「たとえどんな戦いのプロでも、お前ら、三対一で勝てるのか? 数は力だ! 勝負というのは力のある方が勝つ! つまり、数が多い方が勝つんだよ!」
「痛い目を見たくなければだと? 戦いのプロだと? それはこっちのセリフだ! こっちに付け! そこの馬車に傷を一つでも付けた奴は仲間として迎え入れてやるぜ!」
「報酬も当然山分けだ! 貴族の宝石一つ売って得た金を山分けするだけでも、一人当たりの報酬で一生遊んで暮らせるぜ」
恐らく、勝手な予想で言っているのだろうとサンタは思った。
当然、公爵家の護衛はそんなことで揺らぐようなことはないが、しかし、冒険者たちに動揺が広がっている。
もし味方から裏切り者が出たら、こちらの士気が落ちてしまうことをサンタは危惧する。
これ以上数の差が広がれば、本当に危うい。
特に、リーダーの男は先ほど、ルシアナから暴言を吐かれた。
あんなことを言われて、護衛対象を守りたいと思うだろうか?
あの男は五人パーティの冒険者リーダーだ。ここで彼が仲間とともに裏切れば、サンタとバルシファル、そして公爵家の護衛たちは、約三十五人を相手に戦うことになる。
その大男は一歩前に出て言う。
「なめんじゃねぇぞ、悪ガキ共! 俺たち冒険者が護衛依頼を受ければ、最後まで依頼人を守る! 護衛対象を裏切るようなバカがうちにいると思うな。だろ?」
「ああ、リーダー!」
「それでこそ、俺たちのリーダーだ」
どうやら、彼らが裏切る心配は無さそうだとサンタは少し安心する。
「おい、公爵家の護衛たち、お前らは馬車を守れ。左の敵は俺たちが倒す。バルシファルとサンタ、お前らなら二人で右の連中を相手にできるな?」
「うん、任されるよ」
「十五人を相手に余裕か……まぁ、ここで弱音を吐くようなら、シアちゃんを任せてやれんがな」
と、シアの大ファンである彼は白い歯――シアに息が臭いと言われないように歯磨きを三十分、朝昼夕三回逃さず行った成果らしい――を見せて笑った。
バルシファルは当然のように頷くが、公爵家の護衛に馬車を守るように指示したため、バルシファルとサンタの二人で右半分、つまり十五人を相手にすることになる。
いや、相手が数の有利で勝負を仕掛けたいと思っているのなら、数の少ないサンタたちを先に襲ってくる可能性が高く、そうなったら、十五対二どころでは済まなくなる。
「ファル様、こっちにも応援を――」
「ああいう冒険者を見ていると、どうも燃えて来てね――サンタ、無理しなくていいよ」
そう言うと、バルシファルは持っていた紐で鞘をきつく結び、剣を鞘に固定する。
どうやら、バルシファルはこの盗賊たちを全員生け捕りにするつもりらしい。
(あぁ、無理しなくていいって、俺の身を心配したんじゃなくて、相手を殺さないように戦う自信がないなら下がってろってことですね)
そして、戦いは始まり、五分程で終わった。
バルシファルが奮戦し、右側の盗賊を三分で叩きのめし、直ぐに左側に援護に向かって援護した結果だ。
サンタも援護したが、彼がいなくても五分という結果はそれほど変わらなかっただろう。
たった三分で十七人の盗賊を相手にするバルシファルの姿は、男であるサンタが見てもほれぼれとする。
だが――その三分が命取りになることもあった。
「大丈夫か、リーダー! 急いで止血を!」
「くそ、ポーションが効かない」
リーダーの男が仲間を庇って腹を剣で刺されたのだ。
かなりの重症、いや、致命傷とも言える。下級ポーションで間に合うような傷ではない。
こんな時、シアがいればとサンタは思う。
「あぁ……泣くな、お前ら……」
男はそう言って、焦点が定まっていないであろう、虚ろな瞳で言う。
「最後にシアちゃんに……」
とその時だった。
公爵家の護衛たちが来て言った。
「ここは私たちが治療を行います」
「必ず彼を助けます」
そういうと、彼らは男を馬車の中へと運び、馬車の扉が閉じられる。
何故、馬車の中で治療を?
中にいるお嬢様が文句を言うだけじゃないのか?
そんな風に思ったのだが、
「………………」
次に馬車の扉が開いたとき、中から現れたのは、自分の血で汚れた鎧を撫でているリーダーの男だった。
まるでいまあったことが信じられないような顔で呆けている。
「リーダー!? 怪我は大丈夫なんですかっ!?」
「あぁ……なんともない……なんとも……」
そして、彼は仲間を見て――一言。
「……浮気しちまった」
一体、馬車の中で何があったのか?
サンタは非常に気になったが、しかし彼はそれ以上何も言わなかった。
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冒険者のリーダーをしていた男は、公爵家の護衛に馬車の中に運ばれながら思っていた。
自分の命はここまでだと。
(どうせなら、シアちゃんに看取られて逝きたかった)
強面で、小さな女の子に声をかけようものなら問答無用で泣かれてしまう自分に、笑顔で接してくれた彼女。いまでも普通に声をかけてくれて、小さな怪我があれば無料で治療してくれ、お酒の飲み過ぎや脂分の取り過ぎにも注意してくれる心優しい彼女。
できることなら、あの心優しい彼女に看取られて。
だが、現実はそうはいかない。
男が最期だと思って見ていた相手は、ヴォーカス公爵令嬢のルシアナだった。
(シアちゃんとは似ても似つかない護衛対象だな)
徐々に視界が狭まっていく。どうやら、本当に死ぬらしい。
男は覚悟を決めた。
その時、腹が温かくなってきたことに気付いた。
血が抜けていき、寒くなってきていたはずの腹が――だ。
最初は、自分の血の温もりかとも思ったが、そうではない。
(これは、回復魔法の温もり? いや、俺の傷は下級ポーションでも効果がなかったんだ。普通の回復魔法で治療できるはずが――)
と思ったが、痛みが消えていくのが感じる。
視界が徐々に戻っていくと、男が見たのは自分に回復魔法を掛けるルシアナの姿だった。
「…………なんで」
なんでお嬢様が回復魔法なんて使えるんだ? しかも、これ、中級、いや、上級の回復魔法じゃねぇか。
そう言いたかったのだが、ルシアナは意味を勘違いしたらしく、
「なんで助けるのかですって? あなたは仰りましたよね。冒険者が護衛依頼を受ければ、最後まで依頼人を守ると。それなら、最後まで責任をもって私の護衛をしなさい。そんなこともできないような無能な冒険者を雇ったことが知られたら、公爵令嬢の名折れよ。勝手に死ぬことなんて許さないわ」
そんな無茶苦茶なことを言うルシアナの、その言葉とは裏腹に、その回復魔法はとても優しい温かみを帯びていた。
(あぁ……そうか……)
男は気付いた。
(これが、ツンデレ……ってやつか)
こうして、男はルシアナのファンになったのだった。
その後、ルシアナが回復魔法を使ったことは内緒にするようにと、契約魔法を掛けられた。