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第86話

 盗賊に襲われはしたものの、なんとかバルシファルの活躍により事なきを得たルシアナは、血の付いたカーペットを丸めて、護衛の人に馬車の荷台に入れてもらった。

 本当は血で汚れたカーペットは捨ててしまってもいいのだが、あれ一枚で金貨十枚はする。そんなものを買い替える余裕があるのなら、ファインロード修道院の孤児院に寄付するのに使う。


「あの冒険者の方、無事に治ってよかったですね」

「はい。ですが、お嬢様が治療したのではないかという疑いの目が向けられてしまいますね」


 一応、ルシアナが回復魔法を使って治療をした冒険者には、契約魔法を掛けて口止めをし、マリアが親から持たされていた秘蔵の中級ポーションで治療したということにした。

 あの傷は中級ポーションでも応急処置程度にしかならず、回復薬で完治させようと思えば、上級ポーションでないといけない。


「余計なことをしたと言いたいのですか?」

「いえ、立派です。それでこそ私が尊敬するお嬢様です」


 マリアがニコリと笑ったので、ルシアナもつられて笑った。

 あの冒険者が怪我をしたとき、ルシアナは馬車から飛び出して回復魔法を掛けようと思った。ルシアナが回復魔法を使っているところが大勢の人に見られるのも覚悟し、飛び出そうと。

 だが、ルシアナは護衛に止められる。


『賊の残党が外にいるかもしれません! お嬢様は外に出ないで下さい!』

『なら、怪我をなさっている彼を馬車の中に。私が治療します』


 貴族用の馬車とはいえ、外観にこだわっているその設計、中はあまり広くない。

 そんな場所で治療行為を行うなんて、本来はあり得ない話なのだが、しかし、時間が惜しかった。

 結果、彼は救われ、冒険者、護衛ともに死者ゼロで終わった。


 盗賊には五名、死者が出てしまった――ルシアナが治療を行う、行わないを問わず、即死であった――が、二十五名は生きたまま捕縛できた。全員バルシファルが気絶させたからである。

 盗賊たちをそのまま放置することもできないので、彼らが目を覚ますまで、待機となった。


「お嬢様、汚名挽回・・・・のチャンスです。窓を開けて悪役令嬢っぽくどうぞ」

「ええ、わかったわ」


 ルシアナは窓を開けて言い放つ。


「何を考えてるの、マリア! あんな冒険者を助けたせいで、私のドレスが血で汚れちゃったではありませんか! そもそも、誰に断りを入れて、馬車の中で治療をしたの! 使用人の分際で勝手なことしてるんじゃないわよ!」


   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 馬車の中から聞こえてくるルシアナの怒声を聞きながら、冒険者たちは盗賊たちが目を覚ますのを待っていた。


「ちっ、あのお嬢様、偉そうに。あの使用人はリーダーの命の恩人だっていうのに」

「俺たち、あんな女のために命がけで戦ったのかよ」


 冒険者たちの間に不満が広がる。

 しかし――


「おい、てめぇら。依頼人の悪口を言うんじゃねぇ」


 リーダーの男が一喝して黙らせる。

 それをサンタは見て、妙だと感じた。

 あの男を治療したのは、ルシアナの側仕え候補のマリアだという。だが、周囲の人間がマリアを庇い、ルシアナを貶すような発言をしたとき、彼はイライラしているように見えた。


(どういうことだ? もしかして、本当に治療したのはあのメイドちゃんではなく、お嬢様?)


 とサンタが自分であり得ないと思う予想を立てる。

 盗賊が目を覚ますのを待っている間、公爵家から茶が提供されていた。

 冒険者が愛用する安物の茶葉で淹れた茶だが、中に砂糖が入っていて疲れた体に糖分が染み渡る。

 砂糖といえば、オーシャ海洋国家から輸入されているお陰でだいぶ値段が下がったが、それでも高級品には代わりがない。

 そんなものを、護衛がお嬢様に黙って提供できるものなのかと思う。

 実は、この砂糖も、予定外の仕事に疲れている冒険者を気遣って、ルシアナが提供しているのではないかとサンタは思ったのだが、


「そもそも、なんで盗賊が目を覚ますまで待たないといけないのよ! 賊の足を縄で結んで引きずっていけばいいじゃない!」


 馬車の中から聞こえてくるルシアナの声を聞いて、サンタは自分の考えを否定するように首を横に振った。



「サンタ、こっちに来てくれ」


 サンタがバルシファルに呼ばれた。

 盗賊の一人が目を覚ましたようだ。

 盗賊は黙って俯き、一言、


「ごめんなさい」


 そう言った。

 さっきまでの荒々しい口調はどこにいったのか、とても大人しい感じで、気の弱そうな青年という印象を受ける。


「なんで、こんなことをしたんだ?」

「わからない。なんで俺はこんなことをしてしまったのか……遺跡の清掃活動の途中、隠し扉を見つけて、そこに剣がいっぱい保管してあって――これがあれば大きなことができるような気がして……」

「遺跡の清掃活動? 遺跡というのは、ヘップの町の近くにある遺跡か?」

「ああ、そうだ。ヘップの町の町長が、遺跡を観光資源にしようとしているらしい。冒険者に遺跡の年代調査を頼んだそうだが、その前に、金目の物があったら、先に町に持って帰って保存しようってことになって、掃除のついでにいろいろと調べていたんだ。まさか、古代の武器庫が見つかるなんて――」


 と男は言うが、男が持っているのは鉄の剣だ。

 古代に作られた剣なら、錆びて使い物にならないはずだ。

 だが、嘘を言っているとも思えない。

 他の盗賊たちも目を覚まし、まるで憑き物が落ちたように大人しかった。一人や二人、暴れるかと思ったが、仲間が死んだと知って悲しむ者はいたが、大半は自分たちの行いを悔い、これからの自分たちの処遇に不安を抱いているようだった。

 この様子だと、連行も容易そうだ。


 予定より二時間遅く出発し、移動にも時間がかかったため、さらに二時間遅れ、ヘップの町に到着したときには既に夜遅くなっていた。

 そんなに遅れてルシアナは怒らなかったのかというと、彼女は怒り疲れて眠ってしまったため、むしろ静かだった。

 盗賊たちは衛兵に引き渡された。

 彼らは罪人として取り調べを受け、罰金刑となるだろうと衛兵は語った。

 ただ、普通の村人に払えるような額の罰金ではないので、恐らく鉱山で数十年、ただ働きさせられるだろう。

 盗賊の引き渡しの報酬は明日の午後に支払われることになった。

 ルシアナは目を覚まして、「あんな賊を売り飛ばして得たようなはした金、必要ありませんわ!」と言ったため、その報酬は冒険者七人で山分けすることとなった。


 馬車をお嬢様が泊まる高級宿に送り届け、護衛依頼は終わった。

 七人の冒険者は、仕事が終わった打ち上げに冒険者ギルドで報酬の分配の確認と食事をすることにした。

 一緒に戦った冒険者は、自分たちの報酬をポーションを使ってくれたマリアに渡そうとしたようだが、公爵家の護衛に断られた。

 マリアが使ったポーションは公爵家の経費として備品から補填しておくから心配ないとのこと。

 それなら、全員気絶させたのはバルシファルなのだから、彼に全部渡そうと言い出したが、バルシファルが山分けでいいと言ったので、等分することになった。


「いやぁ、しかし、今回の依頼、最後は思わぬ臨時収入だったが、大変な仕事だったよな」

「ああ、温泉地への護衛依頼だから、こっちも旅行気分で引き受けたっていうのにな」

「こんなことなら、王都でのんびりしていたほうがリラックスできるよ。二度と御免だな」


 依頼人の悪口を言うと、リーダーだった男が怒るので直接は言わないが、疲れたと言っているのは、盗賊のことではなく、恐らくルシアナのことだろうとサンタは思った。

 それについては否定しない。

 六年前も護衛依頼を引き受けたことがあった。あの時はまだ子供だと思っていたが、十三歳で性格はさらに悪くなっている。できることなら、もう関わりたくないとサンタも思っていた。

 そんな七人のところに、冒険者ギルドの支部の受付嬢がやってくる。


「バルシファルさんとワーグナーさんのパーティの方ですね?」


 ワーグナーとは、リーダーの男の名前だ。

 覚えてはいたけど、皆がリーダーと言うので、サンタも名前はあまり意識していなかった。


「そうだが、なんだ?」


 ワーグナーが尋ねると、受付嬢は一枚の依頼書を見せる。


「二日後、ヴォーカス公爵令嬢から王都への護衛の依頼があるのですが、引き受けていただけませんか?」


 そんな内容だった。

 当然、そんな依頼――


「引き受けるよ」

「引き受けた」


 バルシファルとワーグナーが二人揃って即答した。

 どうやら、帰りも我儘お嬢様と一緒らしいと、サンタは深くため息をついたのだった。

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