バルシファルの出自を知り、ルシアナの中でますます謎が深まる。
とはいえ、金の貴公子については前世の話であり、未来の話である。ここでバルシファルに直接質問をしても答えが出るものではない。
(それに、ファル様が言っている死からの再生と、私のタイムリープは違うと思う)
ゲフィオンがバルシファルの言う通り生まれ変わっているとして、ルシアナと同じように子供にタイムリープしていたとしたら、今の時代にまだ生きているどころか、恐らく十六年前の戦争を未然に防いでいただろう。
仮にゲフィオンが生まれ変わっていたとしても、それはこの時代に、新しい命を授かって生き返っているという話だろう。
ルシアナは考える。
バルシファルにすべてを話すかどうか。
自分が修道女シアではなく、公爵令嬢ルシアナであること。
そして、前世で一度死に、新しい命で生き返ったこと。
でも、そうすれば、ルシアナは話さなければいけなくなる。
何故、ルシアナが悪役令嬢のフリをしているのか?
その理由は、前世のように悪役令嬢としてふるまって、シャルド殿下から婚約破棄され、公爵家を追放されたいという身勝手な理由であることまで知られてしまう。
それでも、バルシファルが調べている調査の役に立つのなら、人が生まれ変わる実際の例として自分の証言を伝えたい。
ルシアナはそう思った。
「ファル様、実は――」
「シア様、バルシファル、隠し部屋が見つかったそうだぞ。サンタが捜してた」
ルシアナがすべてを言おうとしたその時、キールが離れた場所から声を掛けた。
隠し部屋というのは、近くの村の青年団が見つけた武器の保管庫のことだ。
「わかった、こっちの話が終わったらすぐに行くよ。シア、何か言いかけていたよね?」
「いえ、いいんです。先に隠し部屋を見ましょう」
今は調査に集中しようとルシアナは思った。
青年団の二十五人の人生がかかっている。
ここで、彼らが何かに操られていた証拠を見つけないといけない。
キールについていくと、石の扉が開いていた。あの扉が閉じていたら、ただの石の壁にしか見えないだろう。その扉の前でサンタが待っていた。
「待たせたね。どうだい、中の様子は?」
「ここからでも武器が見えます。剣と槍がかなりの数。それと、松明や弓と矢、縄、ナイフなど様々な道具類もあります。どうやら、置いたまま忘れられたというより、いざとなったらここに戻ってきて物資を補給するつもりだったようですね」
「そのいざという時が訪れず、放置されたというわけか」
バルシファルが中にある剣を持って言う。
少し古くなっているが、目立つ錆びはなく、いまでも十分使えそうだ。
「でも、全員で部屋に入って大丈夫でしょうか? 私たちも彼らのように盗賊団になったりしないでしょうか?」
戦いの経験のない青年団だったから、ほとんどの相手を気絶させて生け捕りにすることができた。
だが、バルシファルが操られてしまったら、ここにいる誰にも彼を止めることができないだろう。
「私には洗脳や催眠術の類は効かないから問題ない。いざとなったら、私が皆を止めるよ。もちろん、怪我などさせないようにね」
「え? でも、ファル様の知らない呪法とかだったら――」
「大丈夫だよ、シアちゃん。本当にファル様はそういうのは効かないから」
サンタが少し複雑そうな笑みを浮かべて言う。
確かに、バルシファルは実力はあるが、自信家というわけではない。
彼ができるということは、百パーセントできることだった。
操られることがないと言うのなら、彼はきっと操られないのだろうとルシアナは納得した。
そして、サンタが複雑そうな表情をしている理由も、いまのルシアナならわかる。
きっと、彼もバルシファルがトールガンド王国の元王子だということを知っているのだろう。昔から一緒にいたというらしいので、きっと二人の関係は、きっとシャルドとレジーのように、王子と側近のような関係だったのだろうと推測できた。
いくら洗脳が効かないと言っても、主君であったバルシファルを危険な場所に連れていきたくはないのだろう。
それでも安全を確認するため、サンタが一番最初に入り、バルシファルが続く。
「まぁ、洗脳って言っても、一度気絶させたら治る程度のもんなんだろ? それに、聞いた話によると青年団の奴らも味方には手を出してなかったそうだし、同士討ちみたいなことにはならないさ」
キールがそんなことを言って中に入り、最後にルシアナが部屋の中に入る。
部屋は奥にもう一部屋あるらしい。
手前の部屋にあったのは、外から見たような武器や備品ばかりで、お金になりそうなものや、洗脳されそうな魔道具の類はない。
部屋の一角に、剣と、剣を束ねるのに使われている縄と数本ずつ落ちていた。
青年団が持ち出した剣はここにあったものなのだろう。
他に箱を開けると、薬の瓶が何本か入っていた。
「これは魔法薬ですね」
「シア、中身はわかるかい?」
「下級の回復ポーションです。特別な魔法や呪法が込められている様子はありませんので、これが原因というわけではありませんね。時間が経過してだいぶ劣化していますから、売り物にはなりません」
ルシアナは瓶の蓋を開けて、手で扇いで臭いを嗅ぐ。
魔力液が持つ独特な臭いに混じり、僅かに刺激臭がした。
この周囲に薬の瓶が落ちていないことからも、この魔法薬が原因でないことは明らかだった。
「こっちも問題ありませんね。まぁ、この量だったら、売れば小金持ちにはなれそうですが――」
「トールガンド解放軍の備品だ。ここで見つかったものは全て国が引き取るよ」
「少しくらいくすねてもよさそうな気がするが……ちっ、せめてもっとまともな剣があればな」
キールは剣を鞘から抜いて舌打ちをする。
鋳造による量産品で、刃の部分もそれほど研がれていない感じがした。
トールガンド解放軍にも名刀と呼ばれる剣があったかもしれないが、そういう剣があるのなら将軍級の人間が持ち出して使っていただろうから、こんな倉庫に眠っているとは思えない。
「問題は奥の部屋か」
バルシファルがそう言って奥の部屋を見た。
サンタは扉の様子を見て、最近誰かが開けた形跡があるという。
青年団は事情聴取の時、この奥の部屋については特に何も言わなかった。
しかし、実際は扉の向こうに行った、もしくは扉の向こうを見たということになる。
サンタは扉を調べ、何か罠のようなものがないかを確認してから開ける。
「鬼が出るか蛇が出るか……鬼は嫌だな」
鬼には嫌な思い出のあるキールが、自分の言葉に思わず呟くように言う。
そんなに嫌なら言わなければいいのにとルシアナは思ったが、言ってから気付いたのだろう。
「正解は蛇の方だったみたいだね。絵だけど」
部屋の奥にはまた壁画があった。
そこには古代トールガンド王国の文字と、そして絵が描かれている。
「これは少し不気味ですね」
そこに描かれていたのは、一人の女性だった。
ただし、髪の部分が全て蛇でできている。
「まさか、これが蛇神ってやつなのか?」
キールがそう言った。
「いや、蛇神は男神だよ。彼女は古代トールガンドの神話に出てくる蛇神に仕える五人の巫女の一人だ」
「巫女っていうと、聖女みたいなものか?」
「まぁ、そう思ってもらっても構わないよ。ただし、聖女が回復魔法を使うのに対し、蛇神の巫女が使うのは呪法だ。彼女の名前はジェラ。かつて蛇神に仕えていた五人の巫女の一人で、もっとも美しく、そして呪法に優れていたとされている。ある日、蛇神が一人の巫女を自分の側に置くことにした。ジェラは当然自分が選ばれると思っていたが、実際に選ばれたのは別の巫女だった。ジェラはその巫女に嫉妬し、その巫女を呪法により石に変えてしまう。そして、ジェラはそのことが原因で蛇神に罰を受け、このような怪物の姿に変えられ、巫女の座から追放されたんだ。そのあと、ジェラがどうなったのかは伝わっていないが、こんなところに壁画があったとは……」
その話を聞いて、巫女界の悪役令嬢なのだろうとルシアナは思った。
もしも前世のルシアナがジェラと同じ立場だったら、彼女も同じことをしていたかもしれない。
と変なところで親近感を覚え、ルシアナは壁画の女性を凝視する。
「シア様、その絵が気に入ったんですか?」
「こんな気持ちの悪い絵が気に入るわけないでしょ。それともキールはこの絵を気に入ったのかしら? 随分と素敵な美的センスの持ち主ね」
ルシアナはキールを蔑むような目で見て、そう言ったのだった。