ルシアナは寝ているキールに目隠しをし、修道服から持ってきていた予備のドレスに着替え、護身用のナイフを懐に入れ、マリアの鞄を首から下げ、宿を出た。
冒険者ギルドに向かう途中、周囲からの視線を感じる。
明らかに貴族のお嬢様姿のルシアナが、供もつけず、馬車にも乗らず、一人で歩いているなんて異常事態であり、もしも町の治安が悪ければ、あっという間に攫われてもおかしくない状況だった。
幸い、拉致されることもなく、ルシアナは冒険者ギルドにたどり着いた。
中に入ると、大通りを歩いていた時以上に、周囲の異物を見るような視線がルシアナに突き刺さる。
シアとして冒険者ギルドを訪れたときとは全然違う状況に、ルシアナは居心地の悪さを感じた。
最初に目に入ったのは、ワーグナーの仲間の冒険者だった。
「なんで公爵家のお嬢様が一人で?」
「我儘言って宿を抜け出してきたんじゃないか?」
小さな声でひそひそと言っているようだが、周囲が静まり返っていたためルシアナの耳に届く。
実際、我儘で宿を出てきたのは事実なので弁解のしようもない。
そして、ルシアナはバルシファルを見つけた。
「こちらにいましたの」
「どうかなさいましたか、ルシアナお嬢様」
一緒にテーブルにいたサンタが声を掛けるも、ルシアナは真っすぐバルシファルを見て言う。
「大切な話があります。冒険者ギルドの個室をお借りして、お話できるかしら?」
ルシアナはそう言って、テーブルに金貨を一枚置く。
すると、バルシファルは「少々お待ちを――」と言って立ち上がり、受付で個室の私用許可を取り、ルシアナを個室に案内する。
最後に入ったサンタが部屋の扉を閉めたところで、ルシアナは単刀直入に用件を伝える。
「マリアが攫われました。私が留守にしている間に他の護衛たちは全員、無力化され、命には別状はありませんが、教会の修道女を呼んで治療していただいておりますが、今も尚目を覚ましません。そして、これが部屋に置かれていました」
「拝見します」
ルシアナが懐から取り出した紙をテーブルの上に置くと、バルシファルはそれを手に取り読み始めた。
サンタも勝手に覗き込んで確認する。
「なるほど、事情はわかりました」
「ええ、早速ですが、私と来て下さい。報酬は支払います。銀貨1500枚です」
ルシアナはそう言って、銀貨の詰まった袋を置く。
中には銀貨1500枚が入っている。といっても、全部銀貨だと重くて持ってくることができなかったので、半分以上、宿で勝手に金貨に両替させてもらった。
とんとん拍子で話が進むかと思われたが――
「ちょっと待ってください! いくらなんでも、公爵令嬢と二人でなんて無茶です! せめて、町の衛兵に連絡するか、俺やここにいる冒険者たちと一緒に――」
「却下です。二人で来るようにと書かれています。大勢連れて行けば、その時にマリアが処分されるかもしれません。私の所有物を私以外の人の手で壊されるのは許せません。それと、マリアを無事に助け出すことができたら、私たちを襲った賊に関する罪を、私は一切問わないと約束しましょう」
バルシファルも、青年団たちの解放を望んでいる。
彼らを救うには、彼らが操られていた証拠と罰金の支払い、そしてなにより、ルシアナが罪を不問にするという一筆が必要になる。
「なっ、お嬢様は知らないかもしれないが、あいつらは遺跡の呪法によって操られていただけで――」
サンタが文句を言う。そんなことは言われなくてもルシアナもよくわかっている。
「そもそも、マリアが攫われた原因は、あなた方にあるのですよ。全く無関係だった私が巻き込まれて、いい迷惑ですわ。あなた方の責任を追及しないだけでも、私の寛大な心に感謝こそすれども、怒るなど言語道断ですわよ」
それを言われたら、サンタも言い返せない。実際は、今現在、その責任を追及して、償いを要求しているようなものなのだが。
「サンタ、私は行くよ、君は留守番だ。ルシアナ嬢、悪いが同行を願います」
「ええ、最初からそう仰ってください」
そう言うと、ルシアナとバルシファルは二人で冒険者ギルドを出て、マリアが囚われているとされる狩猟小屋に向かった。
「ところで、ルシアナ嬢の護衛を無力化した手段だが、教会の修道女の見立てでは原因は何なんだ?」
「呪法ですわ。しかも、かなり強力な」
「やれやれ……また呪法か」
「まぁ、人身売買組織ですから、呪法を扱う人間がいるのは当然ですわ」
「ルシアナ嬢はご存知なのですか? 呪法が何なのかというのも、人身売買組織に呪法を扱える者がいる理由も」
「ええ、淑女の嗜みですわ」
呪法とは、魔法とはまた違う奇跡の行使であり、魔法が魔力を消費して使う物なのに対し、呪法は生命力を消費して使用する。魔法を使うとき、適性のない魔法が使えないのと同じように、呪法にも適性が無い者には使えないとされている。ちなみに、その呪法の適性の持ち主は、数百人に一人と言われている。
生命力を消費するため、使い方を誤れば術者の命すら危ういということもあり、特別な許可を持たない者が無断で使用してはいけないとされている。
さらに、呪法を扱うには、魔法以上に特別な訓練が必要で、一つの呪法を修得するのに数年はかかると言われていて、危険性ゆえ、教本もなく、そのせいで世間一般にはあまり知られていない。
だが、呪法は絶対に悪い物というわけではない。使い方さえ間違えなければ、有効的に使われることもある。
その一つが、世間的に契約魔法と言われているものだ。
相手を契約で縛るというのは、本来は魔法ではなく呪法である。
呪法というものを世間から隠すために、あえて、契約魔法と名付けて誤魔化していた。
そして、契約魔法を使うことができるルシアナもまた、呪法を扱うことができる。
と言っても、ルシアナが扱える呪法は、相手を眠らせる呪法と契約魔法だけであるが。
人身売買組織が契約魔法を扱っていたため、彼らの中にも呪法の使い手がいるということだ。
そして、契約魔法を扱える人間は、現在もまだ捕まっていない。
もしかしたら、護衛達を眠らせ、マリアを誘拐したのは、その契約魔法を使った者かもしれないと思っていた。
ヘップの町を出て、ルシアナとバルシファルは林道を進む。
「敵がどこで見張っているかわからない。ルシアナ嬢は私から離れないように」
「……一つ、尋ねてもよろしいかしら?」
「ええ、構いません」
バルシファルは笑顔でルシアナに言う。
ある確信のもと、ルシアナはバルシファルに尋ねることにした。
先ほどの冒険者ギルドでのやり取りには違和感があった。
ルシアナは、あえて宿の護衛の治療を教会の修道女に頼んだと言った。それは、本来であれば、直ぐに合流するはずだったシアが、冒険者ギルドで待っているであろうサンタの前に現れないことに対する言い訳のためについた嘘であった。
シアは公爵令嬢の命令により、護衛たちの治療に専念するため、戻れなかったという理由だった。
てっきり、ルシアナが修道女について語ったとき、バルシファルはその修道女の名前について質問くらいはすると思った。
それどころか、サンタに、「シアとキールが戻ってきたら――」等という伝言を一切残さずに出てきた。
これは明らかにルシアナの知るバルシファルとは違う。
その理由として考えられるのは一つしかなかった。
「私の正体……とでも言うのでしょうか? あなたは気付いていらっしゃるのよね?」
すると、バルシファルは、笑顔で頷いて言った。
「そうだね。その服と髪の色も似あっているよ、シア」