「その服と髪の色も似合っているよ、シア」
バルシファルのその言葉に、ルシアナは顔が真っ赤になった。
つまり、先ほどからルシアナが悪役令嬢モードで話していたのに、バルシファルは演技だとわかって見ていたことになる。
「いつからですか! いつから気付いていたんですかっ!?」
「そうかなって思ったのは、五年前、護衛の依頼を受けた時かな?」
「何故ですか!? あの時は顔は隠していましたし、声も変えていましたよ」
「身長や顔の骨格は同じだったし、歩き方も同じだった。それに、ちょうど私がモーズ侯爵家に行きたいと言ったときに護衛依頼だからね、何かあると思うのが普通だよね?」
普通だと言われても、まず、ルシアナには身長と体重と骨格で他人を見分ける力など持ち併せていない。
そんな摩訶不思議な力があれば、既に金の貴公子が誰だったのかわかっている。
「なんで言ってくれなかったんですか」
「シアも必死に演技しているようだったし、知られたくないのなら、知らないフリをした方がいいかなと思ったんだよ」
「必死に演技って言った! ファル様、やっぱり私のことを見て、『必死に頑張ってるな』って笑ってたんですよね」
ルシアナは穴があったら入りたい、上から埋めてほしいくらいの気持ちになった。
「でも、なんであんな演技をしていたんだい?」
「えっと……あの時はファル様に私が公爵令嬢だとバレないようにと。あと、いまはシャルド殿下から婚約破棄されるためです。婚約破棄されて、公爵家から追放されて自由になれたらいいなって思いがありまして……すみません、自分勝手な理由ですよね」
「シャルド殿下の事が嫌いなのかい?」
「嫌いというより、好きではないという感じですかね? むしろ、シャルド殿下は私の同志です」
何しろ、前世では婚約者なのに一度も会うことすらできなかった相手だ。
それに、現世でも、シャルド殿下は好きな女性冒険者がいるということをルシアナは聞いている。
婚約者としては愛情はないけれど、身分差の恋に生きる者としては同士だと思っている。
「あ、すみません。ファル様にとってシャルド殿下は甥っ子なんですよね。でも、きっとシャルド殿下には私より素敵な女性がいますから。きっと、ファル様もびっくりすると思いますよ」
何しろ、相手は平民の女性だ。
王族が平民の女性を妻として娶ったという話は聞いたことがないが、あの時のシャルドの決意に満ちた表情を見ると、きっとうまくやるだろうとルシアナは思っていた。
その時には、是非バルシファルにも応援してほしいと思っている。
「その時を楽しみにしているよ」
バルシファルはそれ以上は特に何も言わず、笑顔で頷いた。
「それで、シア。今回、マリアさんを攫った賊だけど、君はどう思う?」
「……正直、よくわかりません。ファル様と私を呼び出すにしても、わざわざ公爵家の護衛を眠らせてマリアを攫うのかっていうのは疑問ですよね。公爵家を敵に回してまで、仲間の敵討ちをしたいのでしょうか?」
「ああ、それは私も気になっていた。それと、捕らえられたクッツフォルト子爵の取り調べで、奇妙なことがあってね。彼は全ての罪を認めたのだが、誰が契約魔法を使ったかについては、一切語らなかった。というより、語れなかった。契約魔法の依頼をしたことは覚えていたのだが、いったい、どこで、誰に頼んだのか覚えていなかったんだ。まるで、記憶を失っているみたいに」
「記憶を――それって、やはり呪法によるものでしょうか」
「多分、そうだと思う。記憶を消すなんて呪法、私は知らない。だが、実際に記憶を消された人を私は知っている」
「私も……心当たりが一つあります」
「シアが言っているのは森の民だね」
ルシアナは頷いた。
森の民の村で、神獣を奉っている社の下に大きな穴が掘られていた。
森の民は病が広がる直前に、誰か森に迷って来た人を村に泊めたと語ったが、しかし、それが誰なのかは一人として覚えていなかった。
そして、その病の原因は蟲毒――これもまた呪法の一種である。
「ファル様の言っている人は別なのですか?」
「ああ、私が言っているのはモーズ侯爵――つまり、マリアさんの父君のことだよ」
「マリアの正体も知って……もしかして、マリアが処刑にならなかったのはっ!?」
アネッタの処罰が表向きの処刑だけで済んだのは、王家からの口添えが大きかったと、アーノルから聞いていた。
てっきりモーズ侯爵がすべての罪を認めて自殺したことが減刑に繋がったのかと思っていたが――
「私は少し口添えしただけだよ」
「そうだったんですか。マリアに代わり、感謝申し上げます。でも、やはりモーズ侯爵が記憶を消されていたというのは?」
「彼とは子供の頃に会ったことがあるからね。私の顔を見て、王子だと気付いた彼は全てを話してくれた。いや、全てを話せなかった。一体、誰がマリアンヌ嬢に呪術を施して延命させたのか、誰が呪術でレッドリザードマンを操ったのか、何一つ覚えていなかった。そして、彼は王都に戻る前に自殺を
「……モーズ侯爵の死は自ら選んだものではないということですか?」
「そんなことをすれば、アネッタ嬢がどのような扱いを受けるか、わからない彼ではあるまい」
衝撃的な事実だった。
モーズ侯爵の死、アネッタの処刑、病の流行、そして人身売買組織、それらすべてが、消された記憶という一つのキーワードによって繋がっているなんて。
「じゃあ、ファル様が付いてきたのは、マリアを助けるためではなく――」
「いや、優先順位はマリアさんを助けることが一番だ。これ以上、戦争の犠牲者を増やしてはいけない。それが私の、元王族としての最後の責任なんだ」
「……すみません、失礼なことを言いました」
そのバルシファルの決意と優しさを前に、ルシアナは謝罪をした。
バルシファルは笑って首を横に振る。
「いや、さっきシアが言ったように、マリアさんを巻き込んでしまったのは私の責任でもある。謝るのは私の方だよ」
「違います――あの時、人身売買組織を壊滅させたのも、モーズ侯爵や森の民の事件に首を突っ込んだのも私です。ファル様のせいではありませんし、ファル様のせいにするなんて許しません! それでも責任を取りたいというのなら――」
とルシアナはバルシファルの手を握って言う。
「二人で責任を取って問題を解決しましょう! 私たちは仲間なんですから!」
と言って、またルシアナの顔が真っ赤になる。
「すみません……いろんな隠し事をしていたのに、仲間なんて図々しいですよね」
「そんなことはないよ。隠し事をしていたのは私も同じだし、それに――」
バルシファルはルシアナが握った手に、反対側の手を添えて言う。
「隠し事の一つや二つを許せないなんて本当の仲間とは言えないからね」
そう言って真っすぐルシアナを見詰めるバルシファルを見て、この人には絶対に敵わないなとルシアナは思ったのだった。
そして、また一つ、彼のことが好きになったのだった。