バルシファルが屋根の上から突入し、外が見える位置に移動していた男を一瞬のうちに気絶させる。
表に出ていた男三人は思わぬ伏兵――というより本隊の出現にも、動揺は最低限だった。呪法のお陰だろう。この辺りは、仲間を殺されても最後まで戦い抜いた青年団たちと同じ感じだ。
男のうち一人はルシアナに目掛けて走る。
護身術を学んでいると自称していたルシアナだが、抵抗することなく一瞬のうちに捕まる。
「動くなっ! このお嬢様がどうなってもいいのか?」
バルシファルが剣を構えたまま、口を横一文字にして立ち止まる。
彼の動きが止まったことで、ルシアナを捕まえている男が余裕の笑みを浮かべた。
「よし、武器を捨てろ! 抵抗したらお嬢様を殺すぞ」
バルシファルは言われるがまま剣をその場に置くと、男はバルシファルに少し下がるように命令した。
残っている男二人が、下種な笑みを浮かべ、バルシファルに向かって歩き出す。
ルシアナとの距離が開いた――その時だった。
彼女を人質に取っていた男が突然剣を落とし、倒れた。
と同時に、バルシファルが剣を拾うと、迫ってきていた男を一瞬のうちに気絶させた。
「シア、お疲れ様」
「私は呪法で人質に取った相手を眠らせただけですから」
「安全である確率が高いとはいえ、人質に取られても冷静な対処をするのは難しいんだよ」
ルシアナは人質に取られた時点で、直ぐに男を眠らせることも可能だった。
だが、そこで男を眠らせても、残りの男二人に襲われる。その時は同じ人質になるとしても、ルシアナを気絶させてから人質にする可能性が高く、下手すれば激昂し、ルシアナを殺しにかかる可能性すらあった。
だから、ルシアナは人質に取られても暫くは呪法で眠らせることができなかった。
ルシアナが男を眠らせた直後に、残りの二人がルシアナのところに戻る前に、バルシファルが片付けられる距離まで待つ必要があった。
その距離を正確に見極めたことをバルシファルは褒めていたのだが――
「(言えませんわね――前世の経験が活きていただけだなんて)」
前世ではキールに拉致された挙句、実際に殺されてしまっていた。
バルシファルが突入する直前、「傷つけるなって言われていた」と男が言っていたので、痛い目に遭うことはあっても殺されることはないとわかっていたので、同じ人質であっても冷静に対処できたのだった。
「この男が呪術師でしょうか? 気絶しているようですが、他の方の呪いは消えていませんわね」
賊はここにいる男だけでなく、途中迂回して避けた林道の見張りも二人いる。
全員気絶させるか、全員同時に解呪することが条件であるのなら、その見張りも捕まえないといけないし、もしかしたら他に仲間がいるかもしれない。
バルシファルが持ってきた縄は既に使い切ってしまったのだが、暫くは目を覚まさないだろうというのが、バルシファルの経験則とルシアナの見立てのため、今は縄で縛らず、狩猟小屋の中にいるマリアの救出に向かった。
ただ、中にいる一人が本当にマリアかどうかがわからないので、バルシファルが先に行き、残り一人がいる部屋の扉を開けた。
そして、扉を開けた直後、バルシファルが剣の構えを解く。
中にいたのは、マリアだったからだ。
狩人たちが仮眠をするために用意したのだろうか? 簡素なベッドに敷かれた毛布の上に、彼女は座っていた。
「マリア!」
ルシアナがマリアを見て部屋に入ると、マリアもまた立ち上がり――
「シア、待つんだ!」
「え?」
バルシファルが叫んだのと、マリアが隠し持っていたナイフを取りだしたのはほぼ同時だった。
最初、それがなんだったのかわからなかった。
視線を下ろし、自分の腹に刺さっているナイフを見て、ルシアナはようやくマリアに刺されたのだと気付いた。
「お嬢様がいけないんです――お嬢様のせいでお父様は自殺をしたんです」
ようやくルシアナは気付いた。
マリアもまた呪法を掛けられていることに。
そして、このままでは、バルシファルがマリアを気絶させることに。
「ファル様、まだ何もしないでください」
ルシアナはそう言って、腹に刺さったナイフをそのままに、マリアを抱く。
「マリア……ごめんなさい……気付いてあげられなくて」
「謝るなら私ではなく、お父様に謝ってください。全部お嬢様がいけないんです。お嬢様が来なかったらお父様は死ななかったんです」
淡々とマリアが言う。
「ええ、そうです。私がいなければ、モーズ侯爵は直ぐには死ななかったでしょう」
バルシファルの話では、モーズ侯爵の自殺には裏があるそうだが、そんな話を今のマリアに言っても意味がない。
ルシアナが話すことはそんなことではない。
ナイフで刺された状態ではあるが、聖属性の魔力で出血を最低限に抑え、少しでも意識を保っていられる時間を増やす。
「マリア、モーズ侯爵が私に残した遺言をあなたに伝えます。私を殺すのは、その後にしてくれるかしら?」
そう言って、ルシアナはマリアに笑いかけた。