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第103話

「まぁ、銀貨20800枚とは申しましたが、私も鬼ではありません」


 ルシアナがそう言うと、町長の表情が僅かに明るくなる。

 銀貨20800枚など、とても払える額ではなかった彼にとって、いまのルシアナの言葉に、一縷の希望があった。


「冒険者に支払った銀貨50枚を引いて、銀貨20750枚で構いません」

「…………」


 もっとも、一縷というのは、一本の糸という意味であり、それにしがみつこうものなら簡単に切れてしまうものであった。


「銀貨だと重いので、金貨での支払いをお願いします。あ、もちろんトラリア金貨ですよ? 教会金貨でも構いませんが、トールガンド金貨は認めません」


 トラリア王国内で流通している金貨は、トラリア金貨、教会金貨、トールガンド金貨の三種である。トールガンド金貨は新規に発行はしていないが、国家を併合したときに貴族たちの資産を守るため、トールガンド金貨も国内で使える通貨として認めている。

 金の含有量も変わらないため、価値は同じなのだが――一部の貴族や富裕層が裏で戦敗国の貨幣として貶している。

 だが、このヘップの町は元々トールガンド王国であり、この町の人が金貨を隠し持っていたとしても、それはトールガンド金貨がほとんどだったりする。

 もっとも、彼が金貨を隠し持っていたとしたら、先ほどまでのような、そして今のような絶望的な表情はしないだろうが。

 ここまで来たら、あとは簡単だ。

 町長に、罰金銀貨26000枚というのはあくまで仮に算出した額であり、実際の賠償額はもっと少ないと言わせる。

 彼の資産的に、銀貨3000枚くらいにするだろう。結果、ルシアナには銀貨2400枚が支払われる。

 そして、ルシアナはその書類を持って帰り、今度はシアとして町長の家を訪問。

 町長から貰った銀貨2400枚と私財の銀貨600枚を合わせて罰金を立て替え、青年団を解放する。

 結果、町長は青年団を働き手として鉱山に送る事はできないが、銀貨600枚を得ることができるし、ルシアナも本来であれば銀貨1500枚払ってもいいと思っていたのを銀貨600枚の支払いできる。

 どちらも最高に得をするというわけではないが、それでも損をするというわけでもない。

 悪くない話だ――と思いたかったが――


(いえ、そもそも、なんでこの町長に得をさせないといけないのですか?)


 彼は罪人の処罰を罰金刑に決め、親族の経営する鉱山に送ろうとしていた。確かに町長には、罪人への罪を決める司法の権利が与えられているが、明らかに公私混同。自分の利益を追求するために、あえて懲役刑ではなく罰金刑に罪を定めている節がある。

 きっと、鉱山だけでなく、他にも同じように働き手が不足している場所に罪人を送っては、幾許かの見返りを貰っていたのだろう。


「そうですね、払えない。でも貴族への不払いは嫌だというのであれば、一つ提案があります」

「提案……でございますか?」

「その罪人たちを私が買い取りましょう。一人頭、銀貨800枚でいかがでしょうか? 二十五人ですから、合計銀貨20000枚で買い取らせていただきます。なので、あなたから私への支払いは銀貨750枚で構いません。それで、全て無かったことにいたしましょう」

「お、お待ちください。それはいくらなんでも――」

「あら? これでもダメだと? なら、ここは領主に相談いたしましょうか? 領内で起きた事件ですから、領主に仲立ちしてもらうのがよろしいですわね」


 そうなったとき、困るのは町長であった。

 そもそも、この町は、かつてモーズ侯爵領であったときは、領主の親族であるマリアの両親が住んでいたため領主と繋がりが強かったのだが、モーズ侯爵の失脚により新しい領主が宛がわれた際に、領主との関係もリセットされてしまっている。既に六年もの歳月が経過したが、それでもたかが六年である。

 そんな状態で、町長が領主に弱みを見せるのは得策ではない。

 なにより、領地内で公爵令嬢を襲ったのが、ヘップの町の近隣の村民という事実、罪人を懲罰刑ではなく罰金刑、しかも一人当たりの罰金を銀貨1000枚という法外な額に設定し、そしてさらに罪人を親族の経営する鉱山に送ろうとしていたことが明るみになれば、リセットされた関係の悪化は避けられない。

 最悪、町長職を辞任に追い込まれる。

 ルシアナは、青年団二十五人の身柄と、銀貨750枚を支払えば全てなかったことにしてくれる――そう言っている。

 それを、町長は呑むしかなかった。



 宿に戻る途中、馬を操るキールに話したところ、物凄く呆れられた。


「いや、なにやってるんだよ、マジで。なんで銀貨を払って青年団の身柄を受けるはずが、逆に銀貨を貰ってるんだよ」

「仕方ないじゃありませんか! こちらの要望を伝えるために悪役令嬢スタイルで挑んだら、思っていたより役に入り過ぎたんですから!」

「それで、銀貨750枚はどうするんだよ」

「お金はあって困るものではないですが……死んだ五人の遺族の方にお渡ししようと思います。私ではなく、シアとして――」

「……やっぱり、お嬢様はお嬢様だな」

「どういう意味ですか?」

「帰ってから、俺を眠らせたことに対する説教の時間を少し減らすって意味だよ」

「まだ怒られるのですかっ!?」


 ルシアナもまた泣きそうな顔になったが、馬を操るキールの表情は少し嬉しそうだった。

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