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第104話

 ルシアナは町長の家で用事を終えると、ヴォーカス公爵家の家紋とルシアナの署名の入った書類を用意し、町長が用意した青年団の身柄を引き受けるための書類も持参し、青年団の方々がいる牢屋へと向かった。

 名目上は、ルシアナが青年団の身柄を引き受けたものの、罰金刑の罪人の身元を引き受けるために、様々な書類の記載や引受先の手配などいろいろと書類仕事が多かったため、面倒になって通りがかりの修道女のシアに全部丸投げにしたという無茶苦茶な話をでっち上げた。

 幸いにもルシアナの悪評は僅かにだが衛兵にも広がっていたらしく、彼女ならそんなあり得ないことも普通にしてしまうのではないか? と衛兵は半分信じ、そして書類に目を通して、シアが青年団たちの身元引受人になることを了承した。

 もっとも、シアが全部引き受けることはできないので、教会に引き渡す予定にしている。

 既にマリアに頼んで、教会とは口裏を合わせている。

 彼らには、教会に引き渡された後、村に戻れることになっている。

 ただ、何もせずに村に戻るのではなく、交代で無償奉仕一週間の罰を受けることにはなっている。

 牢屋から出てきた青年団に話したところ、彼らはとても嬉しそうだった。

 一生鉱山でタダ働きになると言われていたのに、教会の無償奉仕一週間で済むのだから無理もない。

 教会に青年団を引き渡した後、マリアと合流し亡くなった青年団の遺族への見舞金も教会に預ける。

 これでシアの仕事もひと段落だと思ったその時だった。


 青年団の一人がシアに声をかける。


「シアさん、ありがとうございました。それと、もしもルシアナ様に会うことがあったら、お礼を言っていただけないでしょうか? シアさんは王都に帰られて、ルシアナ様もそこにいらっしゃるのですよね?」

「え? えぇ。でも、身分が違うので会うのは難しいと思うのですが……お礼ですか?」


 彼らには、ルシアナが善意で彼らを解放したのではないと伝えている。


「はい。理由はどうであれ、ルシアナ様が何も行動を起こさなかったら、俺たちは全員鉱山送りになっていました。俺たちのことを許してくれただけでなく、こうして解放してくれたのですから、本当に感謝しているんです」


 それが事実であるかのように、他の青年団の男たちも全員頷いた。

 ルシアナは頭が痛くなった。

 こんな風に感謝されたら、悪役令嬢の仮面が剥がされてしまいかねない。


「でも、シアさんが会えないのであれば、他の人に頼んだ方がいいでしょうか?」

「いえ、私が直接ルシアナ様に伝えますから安心してください!」

「え? でも、会うのが難しいって――」

「難しいですが会えないわけではありません! 大丈夫です、伝えます!」


 これ以上、他の人を通じてルシアナの善行を広められたら困ると、そう断言した。

 それを聞いて青年団の男たちは一瞬たじろぐが、最後には「よろしくお願いします」と深くお辞儀をしたのだった。


 キールが操る馬車に乗り、ルシアナとマリアは王都に向けて出発した。

 夕方の出発のため、王都に到着するのは翌朝になるだろうが、これ以上遅れたら騒ぎになるかもしれなかったからだ。結局、温泉にはゆっくり入ることができなかったなと思い出す。


「はぁ……悪役令嬢を演じるのも難しいですね」

「当然です、お嬢様には悪役令嬢を演じる上で、もっとも大切な物がありませんから」

「大切な物ですか?」

「他人の不幸を喜ぶ気持ちです」


 そう言われてみれば、前世のルシアナにとって、一番の娯楽は他人の不幸を見ることだったなと苦笑する。

 そして、その気持ちは確かに今のルシアナにはほとんどなかった。


「他人の不幸を喜ぶ気持ちですか……」


 一体、なんでそんなものを喜んでいたのだろう? と今では不思議に思う。

 自分が不幸な目に遭った時、非常に苦しい思いをするのに、それを他人に望むなんて信じられない。

 そして、その謎は当然解決しないまま、翌朝ようやく王都に到着した。


「キールさん、すみません。家に戻る前にファル様に事後報告と使わなかったお金を返したいので、冒険者ギルドの近くに停めていただけませんか?」

「わかった」


 キールは冒険者ギルドの近くに馬車を停める。

 そして、銀貨だけ入っている袋はルシアナの力で運ぶのが大変なので、キールも一緒に運ぶことになった。

 マリアには馬車の中で待ってもらい、二人で冒険者ギルドに行く。

 冒険者ギルドの中にはワーグナーもバルシファルの姿もなかった。

 まだ来ていないのだろうか?

 だが、エリーがすぐにルシアナに気付いた。


「シアちゃん!」

「エリーさん、ファル様はいらっしゃっていませんか?」

「ええ、昨日の夕方に来たわよ。これをシアちゃんにって」


 エリーが差し出したのは一通の手紙だった。

 バルシファルから手紙を貰うのは初めてのことだったので、一体何が書かれているのだろうとわくわくする。


(まぁ、十中八九業務連絡でしょうけれど、それでもファル様からの手紙を貰えるなんて)


 とワクワク気分で封を開いて中を見た。

 だが、そこに書かれていたのはルシアナの予想と大きく違う内容だった。


【王都を離れることになった。シアに相談せずに決めたことを申し訳ないが、必ず戻ってくる。もしも例のお金が余っていたら、それまで預かっておいてほしい】


 バルシファルに暫く会えない。

 だが、ルシアナはそれほど落胆はしなかった。

 手紙の内容から察するに、前に西の砦付近の調査をしたときのように、一週間から一カ月程度のことだろう。

 そう思ったからだ。


 だが、バルシファルをいくら待っても、彼が王都に戻ってくることはなかった。

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