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第105話

 トラリア王国の冒険者ギルド。

 それほど大きくない二階建ての建造物であるが、国内でも最大級の冒険者登録数を誇る。

 そこで行われる業務は多岐にわたるが、一番多い仕事は行商人の護衛だ。王都には毎日数百、数千の行商人が訪れる。

 ほとんどは地方で採れた農作物や民芸品などを徒歩で持ってきて交易所で売る村の代表者みたいな者だが、中には馬車に乗って高価な品を運ぶ者もいて、そういう者は専属の護衛を雇っている場合もあるが、冒険者を護衛として雇う者も少なくない。

 他にも、騎士が出向くまでもない規模の魔物退治や、危険な場所での作業等、危険な仕事も多い。

 そんな冒険者にとって命綱となるのが、回復薬――つまりポーションである。

 ただ、ポーションはとても高価な薬のため、滅多に使うことはできない。

 中にはポーションを飲むのを躊躇った結果、怪我が悪化してポーションでも治療できない状態となり、冒険者を引退せざるを得なくなった者もいる。

 そんなポーション事情を劇的に変えたのは、一人の修道女だった。

 彼女は時間があれば冒険者ギルドに訪れてはポーションを作り、冒険者ギルド内の薬事情を劇的に改善した。

 そうなったら従来のポーションの調合、販売をしている薬師たちが大打撃を受けるのではないかと危惧されたこともあったが、彼女はポーションの化粧品や風呂屋での使用法を明示することで、薬師たちも安定収入ができるようになった。

 その修道女は決して自分を誇ることなく、ただ、淡々と調合する。

 ポーションを。

 ポーションを。

 ポーションを。

 ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。ポーションを。


「シアちゃんっ! シアちゃん、ストップストップ!」

「え?」


 ルシアナは尋ねる。

 目の前には、エリーさんがポーションの箱の中に埋もれていた。


「エリーさん、なんでポーションに埋もれているんですか?」

「埋もれてないよ! ポーションが壁になって、その後ろに私がいるだけよ! ていうか、シアちゃん、一体どれだけポーション作るのっ!?」

「え?」


 再び疑問符。

 気付けば、一週間分用意されていた瓶が入っていた箱は空になっていて、代わりにできたポーションが箱に詰められ、エリーの前に積み重なっていた。


「シアちゃん、ポーション作り過ぎ! 昨日も一週間分作って、なんで今日も一週間分作ってるの!? いや、シアちゃんの作るポーションは他国に輸出されるくらい評判もいいし、薬師ギルド経由で発送してるから、あっちのギルドもかなりの大金を稼いでいるし、なんだかんだいってみんな幸せだけど限度ってものがあるんじゃない!? シアちゃん、そんだけ頑張ってたら本当に体を壊しちゃうよ! 薬師の不養生よ!」

「でも、エリーさん、仕事って凄いんですよ。やればやるだけ応えてくれるんです。ポーションを作り続けたお陰か、魔力もすっかり上がってしまい、低級ポーションを作るだけなら消費する魔力量より、自然回復する魔力量の方が多いくらいなんです。おかげで、ルークさんから貰えるお給金も五倍以上になって――」

「そりゃ、五倍以上働いているから――」

「仕事って凄いです!」

「確かに凄いけど……どうしよ、シアちゃんが、仕事と貯蓄が生きがいで働き続けて真っ先に体を壊して退職した先輩みたいなことを言い出した」


 エリーが青ざめた顔で言う。

 そして、小さく息を吐くと、ルシアナの肩を叩いて言った。


「まだ気にしてるの? バルシファルさんのこと――」

「…………」

「あぁ、シアちゃん! 部屋の隅で膝を抱えて、そんなにわかりやすい姿で落ち込まないで!」


 バルシファルが王都から去って、既に一年の月日が流れていた。

 それから、三回ほど、行商人経由でシア宛に手紙が届いたが、手紙の内容も現在の居場所と最近の報告だけでいつ帰ってくるかも書いていないし、本当に国中を旅しているようで現在はどこにいるか全くわからず、ルシアナから手紙を送る事もできない。

 最初の頃は直ぐに帰ってくるだろうと思い、冒険者ギルドに訪れてバルシファルのことを待っている間、ルークに頼まれて、仕方なくポーション作りを手伝っていたが、最近はこのように黙々と仕事を進め、今ではポーション作りの鬼となっていた。


「もう、シアちゃん、忘れちゃいなさい。男なんて女と同じ数だけいるんだから。シアちゃんみたいな素敵な子、男なんて選り取り見取りだよ」

「ですが……」

「そうだ、別の男を探すのが嫌なら、リフレッシュしたら? お金もだいぶ貯まってるんだし、温泉旅行にでも行ったら?」

「温泉……旅行……」


 さらにルシアナは落ち込む。


「(あぁ、しまった! そういえばバルシファルさんがいなくなったのってシアちゃんが温泉街で仕事を終えた後だったっけ)……ほら、頑張り過ぎて一年分くらいポーション作っちゃったし、暫く休んでもいいんじゃない? シアちゃんも故郷とかあるんでしょ? そこに一度帰ってみるのもいいんじゃない?」

「故郷……ですか」


 ルシアナはその日の仕事が終わったことで、護衛のキールとともに家に帰りながら考える。

 故郷といっても、そこはヴォーカス公爵領であり、ルシアナの事を嫌っている兄がいる。

 そもそも、アーノルの許可なく公爵家の本邸に帰ることはできない。


「ん? シア様、いま馬車が走っていったけど、あれって、アーノル様の馬車じゃないか?」

「え?」


 正門に向かって走っていく馬車。

 後方からだとよく見えないが、確かにヴォーカス公爵家の家紋が入っているように見えた。


「そんな……王都に来るなんて連絡を受けてないのに――キールさん、私を抱えて!」

「わかりました!」


 キールはルシアナを抱えると、一気に公爵家の裏口に回った。


「お嬢様、キール、旦那様が――」

「わかってます!」


 馬の世話係専門になったトーマスにそう言って、秘密の抜け穴からルシアナの部屋に戻った。

 途端に――


「お嬢様、開けてください!」

「旦那様がいらっしゃっているんです! 食堂でお待ちなんです、直ぐに挨拶に――」

「お嬢様、返事をしてください! マリアもいるならお嬢様を説得しなさい!」


 扉を必死に抑えるマリアの姿が目に映り、そんな側仕えの声が聞こえてきた。

 マリアはルシアナを見るなり、口パクで――早くお願いします――と伝えていた。


「そんなに大きな声を上げなくてもわかってます! 着替えてから行きますから黙ってなさい! クビにするわよ! マリア、着替えの手伝いをしなさい。本当にノロマね!」


 そう言いながら、ルシアナは一人で着替え始める。

 そして、着替え終わると、急いで化粧をする。


「マリア、扉を開けなさい!」

「お嬢様、腕輪を着けたままです」

「え?」


 マリアが持っている鏡を見ると、髪の色が灰色のままだった。

 急いで腕輪を外すと、鏡の中のルシアナの髪の色が金色に戻った。

 髪の色が元に戻った。

 そして、ようやく扉が開く。

 慌てる側仕えの横で、ルシアナは堂々と歩いてアーノルがいる食堂へと向かった。


「お父様、久しぶりですね」

「ルシアナ、遅かったな」


 アーノルはワインの入ったグラスを傾けて言う。


「実は、暫くの間王都にいることになってね」

「そうなんですの、また急な話ですね。お父様がいらっしゃって別邸もにぎやかになりますね」


 とルシアナは扇子で顔を隠しながらも、笑顔を作る。

 一年前だったら、アーノルがいたら屋敷から抜け出せないと悩むところだけど、いまはバルシファルも王都にいないし、冒険者ギルドのポーション作りも暫くはしなくていいと言われている。

 暫くは屋敷で大人しくしているのも悪くない。


「でも、一体何の用事なんですの?」

「ああ、王都改革の一環でね。それで、領地のことはカイトに任せてきたんだ」

「まぁ、お兄様にですか? それなら安心ですわね」


 ルシアナは本心からそう言った。

 なにしろ、前世では八歳の若さで公爵家を継ぎ、大人に交じって領地を支えてきた。

 今はもう十五歳――立派な成人であり、今の彼なら領地経営も容易いだろうと思った。


「それでな、ルシアナ。君にはこれから暫くの間、カイトの手伝いをしてもらいたい」

「え? お兄様の?」

「ああ、明日、公爵領に戻ってもらうぞ」


 それは突然の帰還命令だった。



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