何故か、ルシアナが目指した開拓村にいたのは、ヘップの町の近くの村に住んでいた青年団の皆と、そして西の砦の北に住んでいた森の民だった。
神獣様が嬉しそうに尻尾を振っている。
「聖女様? シアさんが?」
「そうだ! シア様こそ、我々を救って下さった神獣様の認める聖女様なのだ! 貴様らこそ、聖女様をご存知なのか?」
「ああ、シアさんには一年前に世話になった。ルシアナ様の次にだがな――」
険悪なムードの二人だったが、私の知り合いということで、ひとまず喧嘩にはならないようだった。
どうやら、村人の大半は、森の民と青年団の家族のようだ。
「あの、森の民の皆さんは何故こちらに?」
「我々が元々住んでいた森は、例の事件の結果、国の調査が入りまして、呪法の解析と研究を行う施設を作ることになり、住めなくなってしまいました。それで、村人全員で引っ越すことになったとき、アーノル公爵が土地を紹介してくださったのです」
「おと――アーノル公爵が? 何故ですか?」
「施設の責任者がハインツって男なのですが、その男は元々、公爵令嬢のルシアナ様の家庭教師だったらしくその伝手で。例の蟲毒のせいで周辺の土地は汚染されていましたから作物も育たない状態でしたので、渡りに船でした」
なるほど――とルシアナは思った。
あの蟲毒の呪法、泉の水は徐々に浄化されていっただろうが、汚染された水が染み込んだ土地の浄化には時間がかかるだろう。
「青年団の皆さんは何故? 村に帰る事ができたのですよね?」
「ああ、村に帰ることができたが、公爵様の馬車を襲ったって噂は村中に広がってて、そんな奴らを村に置いておけば後で何を言われるかわからないってなってな。それで、青年団のみんなで話し合って、村を出ようってことになったんだ。それで、どうせ移民として村を出るなら、世話になったルシアナ様に少しでも恩を返したいと思って、公爵領にやってきたんだよ」
自分たちが襲った貴族の領地に移民をするなんて、本来なら認められるものではないだろうと思ったが、彼らが洗脳されていたのは明らかであるという調査結果があったことと、彼らを解放したのが襲われたルシアナ本人であったこともあり、移民が認められ、まだまだ人手不足であった開拓村に受け入れさせることにしたそうだ。
「なぁ、族長、一つ聞いていいか?」
「ん? おぉ、キールもいたのか? 聖女様の護衛、頑張っているようだな」
「気付いていなかったのかよ……いや、それより、森の民と青年団の奴らが言い争っていた原因って、劇のヒロインの髪の色を灰色にするか金色にするかで揉めたって聞いたんだが」
キールが尋ねる。
「ああ。劇の聖女役を決めるときにな。聖女であるシア様の髪の色を用いるのは当然のことだ」
「何を言ってるんだ! 聖女っていうのは教会と王家が認めた人間のことだろ! それに、歴代の聖女を振り返っても金色の髪の方が多い! そう、ルシアナ様のような高貴なお方こそが聖女様に相応しい! 聖女役の女性なら、金色のカツラを着けるべきだろう!」
「貴族や身分がなんとなる! 他人のために危険を顧みず戦うシア様の行いこそが――」
「いいや、命を狙った相手にさえ施しを与えるルシアナ様の方が――」
どっちが聖女に相応しいか言い争う二人。
まさか、その二人が同一人物だとは思いもしないだろう。
彼らが言い争ってヒートアップするほど、褒められ続けるルシアナの顔が段々も赤くなっていく。
「やめてください! 喧嘩はダメです! 私もルシアナ様も困りますよ! ルシアナ様には領主代行様より、この村の改善の命令が下っているのです」
ルシアナがそう言うと、二人はばつが悪そうな顔をした。
とりあえず、この場では喧嘩をすることはなさそうだ。
「それでは、とりあえず休めるところに案内していただけませんか?」
ルシアナが尋ねると、「わふ」と最初に返事したのは神獣だった。
「神獣様、ありがとうございます」
ルシアナが言うと、神獣はゆったりとした足取りで、村の奥へと向かう。
村に入って最初に目についたのは、一番大きな建物だった。
「シア様は、こちらでお休みください」
「いいのですか? とても立派な建物ですが」
「ええ、こちらは神獣様のための聖殿です。神獣様もシア様を案内したがっておりますから」
と族長は快く言うが、神獣の住んでいる場所と聞いて少し不安になる。
というのも、ベッドやトイレが犬用のものしかなかったらどうしよう? という考えが頭を過ぎってしまうからだ。
ただ、それは杞憂だったようで、部屋にはベッドもあったし、トイレも人間用だった。
マリアもキールも、シアの世話をするのなら一緒に入っていいだろうということで、二人にも部屋をあてがわれたが、護衛たちは聖殿の前にある神獣の世話をする者のための宿舎で休むことになった。
知り合いばかりの村ということで、気が休まらない気がするが、しかし、その立場を利用すれば、村の問題も案外簡単に解決しそうだと思った。
むしろ暫くの間、この自然の中で休暇と思ってもいいような気がしてくるので、カイトに感謝したいくらいだとルシアナは思ったが――
「……森の民の奴ら、久しぶりの再会だっていうのに、みんなお嬢様ばかり見てたな……いや、俺はもう森の民の人間じゃないのはわかってるんだけど」
「……私、今回はルシアナ様の代理としてやってきたんですけど、お嬢様の方がもてなされていますよね? いえ、それが本来は正しいのですが」
キールとマリアはそれぞれ落ち込んでいた。
ルシアナは申し訳ない気持ちになった。