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第111話

 ルシアナのお陰か、いまのところ森の民と青年団のグループの間の諍いは鳴りを潜めている。

 このまま表面化しなければいいと思いながら、ルシアナはせっかくの空いた時間、できることをすることにした。

 ポーション作りである。


「お嬢さ……シアさん、ポーション作りですか? 少し見学をしてもいいでしょうか」


 マリアが尋ねた。


「はい、マリア様。もちろんです」


 現在、ルシアナはただの修道女であり、マリアは公爵令嬢代理のため、身分はマリアの方が上という設定になっている。

 そのため、お互いの呼び名や敬称が大きく異なっている。


「それで何を作っているのですか?」

「はい、記憶回復ポーションです」

「記憶……回復?」

「はい。ファインロード修道院の修道院長と連絡を取り合っているのですが、その中で、記憶を回復させるポーションの作り方を教えてもらって、作っているんです」

「記憶を回復……もしかして、一年前のっ!?」


 マリアがヘップの町での一連の事件を思い出して尋ねた。

 あの時、マリアは何者かによって誘拐されたのだが、その時の記憶が失われている。

 彼女は、ルシアナがその時の記憶を取り戻すために、記憶回復ポーションを作っていると思ったようだ。


「いいえ、残念ですが、この記憶回復ポーションは、呪法による記憶消去には効果はありません。濃度によって、特定の時期に持っていた記憶を呼び覚ますというものです」

「特定の時期に持っていた記憶?」

「魔法の濃度によって変わるのですが、今作っているポーションは、五年前の記憶を呼び起こす薬になります。マリア様、昨日の夕食は覚えていらっしゃいますか?」

「え? えっと、昨日は……村の人が川魚を獲ってきてくれたので、焼き魚でしたね」

「では、五年前の日の前日の夕食は覚えていますか?」

「え? 覚えていません」

「この薬は、その時の記憶を鮮明に思い出させるというものです」


 本当は呪法によって消された記憶を蘇らせる薬を作りたいのだが、しかし、これはこれで、ルシアナには必要だった。


「五年前の記憶を呼び起こす薬ですか。その場合、五歳未満の子供が飲んだらどうなるんですか?」

「前世の記憶が見られるかもしれませんよ」

「前世の記憶って、さすがに冗談ですよね」

「ええ、冗談です」


 とルシアナは笑って言ったが、それこそが今回の実験の目的だった。

 ルシアナはこの薬で、前世の記憶を思い出せないかと思っていた。

 というのも、ルシアナは前世で我儘放題だった時に起こった出来事をほとんど覚えていない。自分には関係のないことだと思っていたからだ。

 ただ、一応報告だけは受けていたし、暫くの間は覚えてはいたはずである。

 そのため、記憶回復ポーションを使い、前世の重要なことを思い出したいと思ったのだ。

 十三年前の記憶を取り戻すポーションを作れば、前世の今頃の記憶が蘇るはず。


「試しに、五年前の記憶を取り戻すポーションを作ってみました」


 五年前といえば、九歳の時の記憶である。

 ちょうどキールが公爵家に仕えて一年経ったくらい。


「二人で飲んでみましょうか」

「私もいいのですか? 貴重な薬なのでは?」

「制御が難しいので作れる人が少ないんですけど、材料費は普通の回復ポーションよりも安いんです」


 そう言って、ルシアナは記憶回復ポーションを二本置いた。

 そのうち一本の瓶の蓋を開ける。

 マリアも少し遅れて蓋を開けた。


「では、乾杯っ!」

「え、そんなお酒みたいに――」

「この薬、とっても苦いので、気分だけでもあげていきましょう!」

「……シアさん、もしかして、一人で飲むのが嫌だから、私を道連れにしようとなさってませんか?」

「そんなことはありませんよ」


 ルシアナは笑顔で否定する。

 そして、先にポーションの中身の液体を一気に飲み干した。

 マリアも慌てて一緒にポーションを飲んだ。

 五年前の記憶が蘇る。


『つまり、悪役令嬢とは単純に悪い女性というわけではなく、悪役令嬢なりの美学を持っているのです。身分、階級社会を重要視している女性です』

『あぁ、なるほど、貴族や一部の上流階級の人間のみが通うことを許される王立学院において、魔力が優れているというだけで特別に入学を許可された平民の女の子が許せないとか、そういう話ですね』

『さすがです、お嬢様。よくご存知ですね』

『……前世では実際に……あ、いえ、そういう人がいたという話を聞いたことがあるので』


 と同時に、


「「にがぁぁぁぁい」」


 口の中に苦味成分が広がった。

 ルシアナが予想していた苦味の数十倍の苦さだった。

 二人揃って慌てて水を飲み、口の中を浄化する。


「まだ口の中がイガイガします」

「記憶が蘇るのはいいですが、この苦味は改良の余地がありますね。というか、改良しないと苦味で死んでしまいます」


 水で薄めたら、苦味も多少マシになるのだろうが、その分だけ飲む量が増えてしまう。

 普通の回復ポーションと同じで、半分飲んだら半分だけ記憶が蘇るというものでもない。全部飲まないと効果が発揮しない。


「材料の下拵えと一緒ですよね……私は料理はからっきしなのですが、お嬢……シアさんならわかるのでは?」

「確かに、苦味を和らげる方法はいくつかありますが――」


 例えば、苦い瓜があるのだが、それは炒める前に湯通ししたら苦味がマシになる。

 他にも、油をたっぷり使って炒めたり、塩をたっぷり使って濃い味付けにしたら、少しは苦味がマシになる。

 だが、ポーションに使う薬効成分を考えると、茹でたり火を通したりしたら薬としての効果が変わってしまう可能性が高い。

 薬の素材は安いといっても、数には限りがある。

 効果がなかったとき、素材をまた集めないといけなくなる。


「シアさん、鼻をつまんで飲むとかはどうですか?」

「それで消えるレベルではありませんでしたよ。牛乳を飲んでから薬を飲めば、マシになるんじゃありませんか?」

「それって、辛味を抑える方法じゃありませんでしたっけ?」


 結局、二人で話し合ってもいい方法がわからず、村の人たちに聞いて回ることにしたのだった。

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