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第119話

「はぁ……昨日は何もできませんでした」


 もふもふを少し堪能するだけのつもりのルシアナだったが、何故か神獣と森の賢者がムキになり、どちらが真のもふもふかを競うことになった。

 それには理由がある。

 遥か昔、二匹の姿を見ることができる女性がいたそうだ。

 そして、神獣も森の賢者もその女性のことが好きで、懐いていたのだが、ある日、どちらがその女性に好かれるか勝負することになったという。

 その勝負方法が、どちらの毛並みが彼女を癒すことができるか――というものだった。

 勝負は結局決着が付かないまま、その女性は亡くなってしまい、二匹は喧嘩別れに終わったという。

 そして、時は流れ、現在、ルシアナがその女性の代理として審判をすることになったのだが、ルシアナからしても甲乙つけがたしといったところ。

 大きさでいえば、神獣の上に乗って寝転がれば気持ちいいのだが、しかし小さな森の賢者の抱き心地は中毒性のある柔らかさがある。

 どちらもどちらの良さがある、遥か昔のその女性が勝敗を付けられなかったのも納得できる。


(というか、森の覇権争いが、まさかどちらの毛が気持ちいいかの勝負だったなんて……)


 くだらないと言いたいが、しかし、もしも神獣と森の賢者のその女性への思いの勝負だとするのなら、一人の女性を巡っての勝負と考えると、あながちそうも言えなくなる。


「あら?」


 森の賢者にもう一度会おうと思って歩いていると、畑に人が集まっているのが見えた。

 頭に森の賢者を乗せた団長もいる。


「団長さん、どうかなさったのですか?」

「シアさんか。ちょっと気になることがあってな」

「気になることですか?」

「ああ、これなんだが――」


 そう言って団長が見せた小麦の茎の部分に、赤色の筋が見えた。


「赤い筋ですか?」

「ああ、何かの病気かって思ってるんだが、森の賢者様が言うには、気を感じるって言ってな」

「気……まさか、呪法ですか?」

「ウキ」


 団長の頭の上で、森の賢者が頷く。

 呪法と聞いて、周囲が騒めく。

 森の民、そして青年団、両者の共通の点は、どちらも呪法の被害者という点だ。

 森の民は呪法の一種である蟲毒により発生した病により、多くの仲間を失った。

 青年団は呪法による洗脳により、ルシアナの乗っている馬車を襲い、結果として自分たちの村に居られなくなった。


「一体、どのような呪法かおわかりになりますか?」


 ルシアナが尋ねると、森の賢者は青年団の団長に伝える。


「森の賢者様が言うには、どういうものかは特定できないらしい。なんでも、呪法の中には、自然に発生し、害のほとんどないものもある。というか、害がない物がほとんど。暫く様子を見ないとどうなるかもわからないそうだ。害のない物がほとんど? そうなのか?」


 団長が、通訳をしながら、疑問を述べる。


「ウキ」

「……あぁ、そうか。そう言われてみれば確かにそうだな」


 森の賢者の言葉に、団長が一人で納得する。


「あの、団長さん。通訳してもらっていいですか?」

「あぁ。呪法っていうのは、おまじない、思いを力に変えるものだ。子供の頃、怪我をしたとき、母ちゃんが『痛いのはお母さんが食べっちゃったぞ』とかって言ったりするだろ? 他にも、料理に愛情を込めて美味しいと感じてもらう。絶対に成功すると思ってやったら成功するし、失敗すると思ってやったら失敗する。精神を集中すれば、真夏の炎天下でも涼しく感じる。そういう些細な思いを力に変えるのが、呪法の基礎なんだって森の賢者様が言ってるよ」

「それが呪法の基礎……思いを力に変える……そういえば、修道院長も言っていました。私が教わった相手を眠らせる呪法は、もともとは子守唄。大切な人に健やかに眠って欲しいために使う力だって」


 ルシアナは納得した。

 森の賢者が言っていることが事実なら、確かに呪法というのは無害なものが多い。

 さすがは神獣が連れて来た呪法の専門家だと、ルシアナは思った。

 これなら、今日から早速勉強を――


「あ、シアさん。これから、村の改革について話があるので、時間を空けておいてくださいね」

「え?」

「え? って、いや、マリアさんとシアさんは、村の改革のためにいらっしゃったんですよね? ルシアナ様の代わりに来て、何も成果無しじゃ、ルシアナ様に申し訳が立たないですから。ルシアナ様のためにも頑張っていただかないと!」

「……え?」


 実は私がルシアナなんです――と言えるわけもなく、青年団の団長の「ルシアナ様のため」「ルシアナ様のため」の連呼によって、少し眩暈がした。


 そういうことで、ルシアナ、マリア、キール、森の民五名、青年団五名、そして神獣と森の賢者。

 合計十三人と二匹によって村の経営会議が始まった。


 まずは現状の確認からである。


 村は去年より三圃制の畑を導入し、収穫はまだ行われていない。

 主な生産品は狩りによって得られた鳥獣と、森の木材。

 鞣した毛皮や肉、牙などの飾り、また木を建築資材になる材木に加工し、近くの町で売って、得られた金を税として納めている。そして、残った金で小麦や塩、野菜などの食料品や衣服などの日用品を購入しているそうだ。

 村の財政としては僅かに赤字らしい。

 開拓村は三年間、税金を納めなくてもよかったので、その間に蓄えた資金を切り崩しているそうだ。

 ただ、今年の秋からは小麦や大麦などの作物が収穫できるので、黒字に転化するというのが族長、団長双方の考えらしい。

 ただ、それも希望的な観測に過ぎず、他に何かいい方法はないか?

 そう考えているそうだ。


「やっぱり観光地がいいんじゃないか? そうだ! 神獣様に森の賢者様がいる村となったら、巡礼路になったりして――そしたら宿を作れば巡礼者から金がいっぱい入ってくるぞ」

「それはダメだ。神獣様は見世物ではない。そもそも、神獣様の存在を教会が認めるかどうかわからない以上、大々的に宣伝などできん。それとも、お主、森の賢者を宗教の敵として迫害されたいのか?」

「うっ、それは嫌だな」


 たった一日であるが、団長は頭の上にいる森の賢者のことを大切に思っているらしい。

 動物が好きなのかも――とルシアナは思った。


「動物……畜産とかはどうでしょうか? 初期投資はかかりますが――」

「畜産ですか?」

「はい、私たちには畜産する強みがあります。神獣様、森の賢者様。あなた方は、普通の動物の声もおわかりになるのですか?」

「わふ」

「ウキ」


 ルシアナの問いに、神獣も森の賢者も頷く。


「動物の言っていることがわかるというのは強いです。食用ではなく……そうですね、確か、畑の休閑地では、山羊や牛を育てていますよね。それを増やして、乳製品に加工して販売するというのはどうですか?」


 とルシアナは提案するも、村人たちの顔色は優れない。


「それは考えましたが、しかし、我々の畑の面積はまだ狭く、これ以上増やすと、今の時期はいいですが、冬になると飼料が不足してしまうんです」

「うっ……そうですか……」

「ウキっ! ウキキ!」


 ルシアナががっかりすると、森の賢者が何か言った。


「え? 本当ですか?」

「通訳頼む」

「あ、すまん」


 族長に言われ、団長が言う。


「森の賢者が言うには、寒さに強く、成長の早い根菜を知っているから、冬の間はそれを植えれば今の倍は家畜を殖やせるそうです」

『おぉっ!』

「さらに、呪法による品種改良を数年続ければ、さらに成長が早くなり、さらにその倍、家畜を殖やしても大丈夫だそうです!」

『おぉぉぉっ!』

「さらにさらに、その草を食べると家畜の乳の出が良くなり、乳製品の加工にはもってこいだそうです」

『おぉぉぉぉぉぉっ!』


 皆の表情に覇気が篭る。

 そんな中ルシアナは、なんとか役目を全うできそうだと一安心した。

 彼女たちは知らなかった。

 後にトラリア王国全土で普及することになる輪栽式農業の礎となり、農業革命と呼ばれることになるということを。

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