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第121話

 猿でもわかる呪法講座――という自虐ネタ(?)が含まれている森の賢者からの呪法を、ルシアナとマリアと村人数名が学んでいた。正しくは猿から教わる呪法講座なのだが。

 ただ、呪法は、トラリア王国の法律により禁じられている物も多く、どんな呪法を教えるかと話を詰めるのに数日かかった。

 ルシアナが学んだ睡眠の呪法は、聖属性の睡眠魔法と重なるところがあり、他者に無断で使用するなどの悪用をしなければ――ルシアナは睡眠魔法も睡眠の呪法も無断で使ったことがあるのだが――まずはそれについて学ぶことになった。これならルシアナも教えることができるし、良質な睡眠をとることができれば、仕事の効率もあがるということで、まずはこれについて皆で学ぶことになった。

 魔法もそうだが、呪法についてもやはり得意不得意があり、三日目には睡眠の呪法を使いこなせる者もいれば、一週間頑張ってようやく睡眠補助ができる程度の人もいた。

 これでもまだマシな方で、呪法講座を受けたい村人は他にもいたのだが、呪法の適性が無い者が半数以上いて、彼らは講座を受けることすらできなかった。

 ちなみに、一番修得が早かったのは青年団の団長だった。

 森の賢者様との繋がりによるものがあるのだろうが、森の賢者様の講座の内容をすべて語っているのは彼であり、スムーズに語るため、事前に予習を行い、呪法についてもっとも学んでいるという理由が大きい。元々、呪法を使えたルシアナ程ではないが、本来なら睡眠の呪術がかかりにくい、興奮状態の家畜を眠らせたりと力を発揮している。


 そして、二週間後、ようやくルシアナの目当てである、味覚を変化させる呪法について教わることになった。


「えっと、呪法による味覚の変化だが、そもそも味覚とは塩・甘・酸・苦の四基本味を基礎に構成されてる。呪法によって行うのは、その味覚の入れ替えであり、基礎として、塩と酸、甘と苦を入れ替える方法について説明する」


 と団長は、予め森の賢者様に教わっていたことを伝える。


「質問です!」

「なんですか、シアさん」

「入れ替えるのではなく、消すことはできないのですか? たとえば、甘味を消す、苦味を消す。それの方が簡単だと思うのですが」


 ルシアナが質問をすると、森の賢者が「ウキ」と最小限団長に聞こえる声で言う。


「えっと、隣り合ってる四本の名前のある塔を思い浮かべて欲しい。味というのは、この四本の名前のある塔のそれぞれの高さによって決まる。シアさんが言っているのは、塔を一つ丸々ぶっ潰すと言っているのと同じ。味覚を変えるっていうのは、塔は壊さず、塔の名前を入れ替えると言っているのと同じ。どっちが大変かは、シアさんならわかるよな? しかも、塔が壊れたら、その残骸はどうすればいいかってのも含めて」


 団長が言っている言葉の意味は、例えとしてはよくわかった。

 確かに難易度が全然違う。

 あの猛烈な甘みを回避したかったのだが、そこまで学ぶには時間がかかりそうだ。


 森で採れた酸っぱい果実を齧って、塩味がするか実験することになり、全部失敗したため、口の中は酸味で辛い。


「まだ口の中が酸っぱいです」


 でも、成功したところで、塩辛いだけですよねとルシアナは思った。

 甘いだけでも苦いだけでも塩辛いだけでも酸っぱいだけでも、それは美味しいとは思えない。


「料理って本当に凄いですね」


 そう思いながら、畑へと向かう。


「皆さん、畑の様子はどうですか?」

「シアさん、やはり広がっています」


 小麦の植物の茎に発生した赤い筋。

 森の賢者が言うには、呪法によるものらしいのだが、その赤い筋を持つ小麦が増えていた。いや、小麦だけではない。他の植物にも赤い筋の発生する植物があった。

 これがどういう結果になるかは森の賢者にもわからない。

 このまま、赤い筋が消えるのか、それともずっと残るのか。

 これでできた小麦は食べることができるのか。


「なんでしょう……嫌な気がするんですよね」

「そう思って、俺たちも最初、赤い筋の生えてる小麦は全部根っこから抜いたんだが――」

「それでも広がりましたからね。森の賢者様が言うには、この空間そのものに呪法が作用しているそうですから、ここに畑がある限り赤い筋は消えないでしょうね」



「あの、俺の知り合いに、植物と呪法、両方の専門家がいるんですけど、その人に調べてもらうっていうのはどうでしょう?」

「ウキ」

「あ、いや、森の賢者様が無知とか言ってるわけじゃなく、森の賢者様はいろんなことを知ってるすげぇ方で、俺がこれから呼ぶ専門家はいろんなものを調べることに優れてる人ってこと。全然違う分野だろ? そういうのは」

「ウキー」


 森の賢者は団長の言葉に頷き、納得したようだ。


「なるほど、そういうことでしたら止めませんが、来ていただけるのですか?」

「あぁ、いまでも文通でやり取りしてるんだが、シアさんの話をしたら、『王都でも有名なシア様にお会いできるなんてこんな機会滅多にない』って俺が呼ばなくても今日にでも村に来るって言ってた。だから、調べてもらうのは来たついでだ」


 文通でやり取りという話を聞いて、ルシアナはもしかして、その専門家は女性なのではないかと思った。

 青年団の団長は、三十路過ぎ、結婚していないとおかしい年齢なのだが、未だに結婚していないし、特定の相手がいるとも聞いていない。

 だが、文通相手という想い人がいるのなら話は変わってくる。

 文通ということは、普段は一緒にいられない遠距離恋愛ということになる。

 それは、ルシアナにとって、離れ離れとなったバルシファルを思い出させ、少し寂しく感じた。


「団長さん、私、応援していますから!」

「え? あぁ、任せろ! 畑は俺がなんとかしてや……って、噂をすれば、来たぞ! あいつだ」

「え?」


 どんな美人な女性なのだろう? と振り返る。

 その瞬間、ルシアナは固まり、来客に背を向ける。


「やぁ、団長くん、待たせたね」


 ルシアナの・・・・・聞いたことのある声・・・・・・・・・でそのは言った。

 そう、文通相手は男だった。


「いや、待ってないって。というか、聞いてたより早かったな」

「あぁ、ちょうど公爵家に用事があって、そこで馬車を借りられてね。それで、例のシア様はどこに?」

「この修道女がシアさんですよ」


 団長はそう言ってルシアナを紹介する。


「初めまして、シア様ですね! 噂はかねがね伺って」


 と彼はルシアナの前に回り込もうとするが、ルシアナは反対方向に回ってそれを回避しようとする。

 何度も何度も何度も背中を向け、顔を見せまいとするのだが、フェイントを入れられ、正面から彼の顔を見てしまった。ルシアナの顔を見られてしまった。


「はじめまして、シア様――ってあれ?」

「は、はじめまして。会ったことのないお方」

「会ったことがないって……え?」


 かつてルシアナの家庭教師をしていた男――ハインツはルシアナの顔を見て、首を傾げ、小さな声で尋ねた。


「いや、ルシアナお嬢様ですよね? またお忍びの変装ですか?」


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