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第130話

 トラリア王国の王都、城の中でも宮殿は王族及びその側近や世話係しか入る事が許されない、ある種の聖域ともいえる場所である。

 その宮殿の一室に、今日も三通の手紙が届けられた。


「殿下、こちらも婚約者のヴォーカス公爵令嬢からの手紙です」


 世話係の老執事スチュアートがそう言ってシャルドに手紙を渡す。

 文には、しっかりヴォーカス公爵家の紋が入った封蝋がしてあり、中が見えないようになっている。


「ああ、確かに受け取った。返事を書くから少し待っていてくれ」

「はい。しかし、安心しました。ヴォーカス公爵令嬢と殿下が婚約なされてかなりの時間が経つというのに、最近は茶会の参加、外遊の同行もなさっていないので、うまくいっていないのではないかと思っていましたが、最近はこのように毎日恋文が届いて――」

「スチュアート、少し静かにしてくれ」


 そう言って、シャルドは手紙の封を解き、中を確認する。

 特に表情を変えずに手紙を読み終えたシャルドは、小さく息を漏らして、手紙の返信を書き始める。

 それがどういう感情の吐息かはスチュアートにはわからない。

 ただ、きっと愛しの婚約者に中々会うことができない恋煩いによるものだろうと、スチュアートは推測した。


「これをルシアナに頼む。いまは公爵領にいるそうだから、そちらに頼む。間違えても別邸に届けないようにな」

「はい、確かに届けます」


 恋文を、婚約者の父親に見られるのが恥ずかしいのだろうとスチュアートは思って微笑む。

 そして、彼が出て行ったところで、代わりに側近のレジーが入ってきた。


「殿下、報告がございます」

「ああ、頼む」

「以前話にあった、例の男爵の件ですが……真っ黒でした。監禁されていた者は三十二名。うち重症者七名は一度の治療で回復できず、集中治療を必要としています。また、死者も確認され、その数は――」


 レジーが淡々と報告をするが、その表情は怒りに満ちているように思える。

 今回の事の発端は、ルシアナから届けられた手紙だった。

 その手紙には、ある男爵が地下に女性を監禁しているというものだった。

 証拠も情報元も何もない、突拍子の無い話ではあったし、その男爵に関して悪い噂は全く届いていなかった。領地を持たない法衣貴族ではあるが、仕事も真面目で、行く行くは中枢での仕事も宛がわれるかもしれないと思っていた矢先の手紙だった。

 本来なら無視する手紙なのだが、ルシアナからの手紙のため無視することができず、一応レジーに調べさせてみた。

 すると、ルシアナの言っていたことが事実だと判明した。

 それからレジーの行動は早かった。一日で証拠を集め、シャルドの配下である近衛騎士たちとともに男爵の屋敷に立ち入った報告がこれである。


「それで?」

「他の二件についても確認していますが、真情報の可能性が高いです」

「そうか。なら、これの確認も頼む」


 そう言って、シャルドは三通の手紙をレジーに渡した。

 そこには、別の貴族の悪事や、犯罪組織の情報、さらには他国の動向まで書かれている。

 うち一つは既にレジーが掴んでいる情報であったが、だからこそ恐ろしい。他の二つも真実である可能性がさらに高くなるからだ。


「どうやら、ヴォーカス公爵令嬢には、我々にはない情報源がある。そう言いたいのでしょうか?」

「いや、ルシアナはそういう女じゃない。ただ、この情報が早く伝わり事件が解決すれば、救われる人間がいる。そう言いたいのだろう」

「随分と信頼していますね」

「まぁな」


 なにしろ、ルシアナの目的は、冒険者になることである。

 貴族としての手柄など、彼女にとっては邪魔でしかない。


「それで、もう一つの方は?」

「そちらは全然です」

「そうか……母上も知らないというし、叔父上が本気で雲隠れしたら誰にも見つけられないか。まったく、私に稽古をつけてくれるという約束なのだが……」


 ルシアナに認められようと、シャルドは叔父――バルシファルに稽古を頼み、日々訓練に勤しんでいたのだが、昨年に暫く王都には戻らないと言い残してから、まったく行方が分からない状態が続いている。

 手紙は届いているので、生きているとは思うのだが、その手紙の痕跡を辿らせても、やはりどこにいるかわからない。


「本当にどこで何をしているのか――あの人は」


 そう言って、シャルドは再び深いため息を吐く。


「殿下、それは行方の知れない恋人を心配しているみたいですよ」


 レジーに言われて、シャルドは三度ため息を吐きそうになったが、なんとか堪えたのだった。 

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