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第132話

 誰がなんのために、どうやって、呪法を変えられた墓守の黴を埋めたのかはわからないが、しかし、原因がわかっただけでも、一歩前進だと思う。


「先生、何か対処法はありますか? 黴だけを殺す薬とか」

「この黴は日の光と乾燥に弱いですが、それ以上に、墓守の花に魔物をおびき寄せるフェロモンを出させるとき、エネルギーを大量に使ってしまうのです。そのため、魔物をおびき寄せるのに失敗して、大地に栄養が行きわたらなくなれば、一年も経てば枯れてしまいます」

「大地の栄養がない……それって、つまり、小麦畑も全滅ということですか?」

「いえ、そこまで酷い状況にはならないでしょう。せいぜい、収穫量二割減といったところでしょうか?」


 その程度――とは言えない。昨年の秋に種を蒔き、今日まで育ててきた小麦のうち、本来収穫できる作物の二割がダメになると言っているのだ。

 だが、それでもルシアナの知っている前世の状況よりははるかにマシな状況であるといえる。


(この差は一体何故でしょうか? 三圃制の導入が早かったためでしょうか?)


 前世の世界では、三圃制が導入するのが遅かったせいで、公爵領はまだ二圃制で畑を作っていた。

 そのため、小麦畑の面積の割合が今より多く、墓守の黴がいまより広範囲で成長したのかもしれない。

 その結果、いまより大地の栄養が奪われて、作物が全滅してしまった。


(……のでしょうか?)


 まだ、ルシアナの知らない何かがある。そんな気がしてならない。

 かなり記憶を思い出してきたが、未だに、今回の事態に関して記憶が完全に戻っていない気がする。いや、報告の内容はほぼ思い出しているのだが、報告を受けたときの微妙な言い回しの違いや、違和感があった気がするのだ。


(主よ、なんで私なのですか? 私ではなく、お兄様が前世からこの世界にやってきていたら、きっとうまくやっていたと思いますのに。試練でしたら、他の誰も巻き込まず、私だけにお与えください)


 と嘆いてみたところで何も始まらないことはわかっている。

 とりあえず、小麦畑は今は何もしないことが一番だということになった。

 さすがに、小麦畑のある場所全てを掘り返すのは現実的ではないし、作物も八割は収穫できるというから、致命的とはいかない。

 カイトも減税処置をしてくれることだし、公爵家の財務状況を考えると、多少の減収があっても問題はないように思えた。

 だが、キールが尋ねる。


「なぁ、墓守の黴は墓守の花にフェロモンを出させるためにエネルギーを使うんだろ? 小麦に寄生していたら、エネルギーを使わないんじゃないか? 」

「あぁ、それは問題ありません。はい、小麦にも効果があります。昨日収穫した小麦ですが、つぼみの一部から、魔物をおびき寄せるフェロモンの分泌が確認できましたので」

「そうか、それなら安心――」


 とキールが言いかけたところで、全員が気付いた。


「小麦の花って、これから開花の時期を迎えますよね?」


 とマリア。


「そういえば、最近、ゴブリンがやたらと村の周りに現れるって言ってなかったか?」


 とキール。


「わふ」


 と神獣。

 そして――


「ハインツ先生。そのフェロモンの効果はどのくらいの魔物をおびき寄せるのでしょうか?」

「そうですね、開花したら森中の魔物の二割くらいはおびき寄せることになるかもしれませんね。最初はゴブリンのような弱い魔物しか集まってこないそうですが、次第に強い魔物まで集まってくるそうなんです。というのも、先に強い魔物が集まると、弱い魔物がその臭いを恐れて近付いてこないことを、黴が理解していると私は見ています。あ、このフェロモン、魔物を絶滅させたらダメだとわかっているのか、若い魔物には効果がないんですよね。一体どうやって判別をしているのかというと、発情期の――」

「そんなことは聞いてねぇ、研究馬鹿っ!」


 キールが怒鳴りつける。

 つまり、いまはゴブリンしか集まっていないが、これから先、どんどん強い魔物が村の小麦畑に向かってくるということだ。


「マリア、いまからお兄様にこのことを報告します。騎士団の要請も必要かもしれません。キールさんは族長さんと団長さんに連絡――ハインツ先生と一緒にお願いします。三時間後、皆さんの意見をもう一度聞きたいので集まってください」

「シアくん、私、徹夜明けで、少し休みたいのですが――」

「全部終わってからにしてください!」


 ハインツの要望をルシアナは即座に断った。

 朝四時三十分の出来事である。


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