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第133話

 魔物が現れる可能性が高いと聞いて、村人たちは戦いの準備を始めた。

 森の民は弓と矢の手入れを始め、青年団たちもそれぞれ手製の剣を持って準備を始めている。


「森の民の方々は普段から狩りを行っているので弓矢の扱いになれているのはわかりますが、青年団の皆さんは大丈夫なのですか?」


 ルシアナが尋ねた。


「ええ。なんというか、こっちに引っ越して来てから鍬とか鋤とかで素振りをしていたんですけど」

「どうもしっくりとこないというか、重心が違うんだろうなって」

「それで、みんなで金を出し合って、中古の剣を買ったんです」

「最初は数本だったんですけど、そのうち全員で一緒に剣を振るいたいなってなって」

「ソードゴブリンが出るって場所に冬に行って、なんとか人数分揃えたんですよ」


 ソードゴブリンは、剣を持っているゴブリンである。普通のゴブリンと種族的に違いはなく、ただ剣を持っているかどうかというだけの違いしかない――ソードゴブリンがどうやって剣を手に入れているのかは魔物研究家によってさまざまな説が出ているが、まだ解明していない――のだが、当然、素手や棍棒しか持たないゴブリン等より遥かに危険度が高く、下手をすれば命を失う危険すらある相手だ。

 そんな相手に、剣が欲しいという理由だけで戦いに行くとは。


「わふ」

「あぁ、そうでした。神獣様が手伝ってくれたので危険はなかったですよ」


 神獣が自分も手伝ったアピールをしたので、青年団の一人がそうフォローを加える。


「でも、なんで剣を振るいたいんですか?」


 ルシアナが尋ねると、青年団たちは一同揃って腕を組み、


『さぁ?』


 と首を傾げた。

 それがルシアナには怖かった。

 つまり、理由がないのに剣を振るいたくなったということになる。


(もしかして、皆さん、一年前の洗脳が完全に消えていないのではないでしょうか?)


 思えば、あの時はバルシファルが気絶させただけで、特別に治療したというわけではない。

 目を覚ましたとき、皆普通になっていたので、治ったとばかり思っていたが、後遺症が残っているという可能性もある。


「あの、皆さん、剣を振りたいだけですか? その、何かを斬りたいとか、そういう感情は?」

「ん? あぁ、薪を割ったことがあったが、使いにくかったな。斧の方が使いやすい」

「俺は大根を切ったが、まな板まで切りそうになった」

「別に何か切りたいってことはないな。名前をつけて一緒に寝てるよ」


 特に誰かを恨んで斬りたいとか、そういう感情はないようだ。

 単純に剣が好きだけらしい。

 さすがに、剣と一緒に寝ている人は、愛情の表現方法が間違えていると思うが。

 ちなみに、名前を付けて一緒に寝ている人が名付けた剣の名前は「アンジェリカ」らしい。


「ということで、全員で毎日夜に素振りをしているので――」

「模擬戦もしてるよな? さすがに練習用の木刀だけど」

「マリア様の護衛にも指導してもらったことあるよな?」


 そんなことが? とルシアナが横にいた護衛を見ると、彼はすっと視線を逸らした。

 別に咎めるつもりはないが、報告くらいはしてほしいとルシアナは思った。


「えっと、マリア様の護衛の方。青年団の皆様の実力はいかほどですか?」

「ソードゴブリン程度なら戦えるでしょう。彼らは騎士ではありませんから、スリーマンセルの戦い方を指導しました」


 三人一組での戦いは、騎士隊に入って最初に教わる戦法である。

 それを聞くだけでも、思ったより本格的な指導をしていたことが窺える。

 ただ、付け焼刃に過ぎないので、彼らが本格的に戦うのは無理がある。

 護衛の言っているように、魔物の数が少ない間はソードゴブリン程度の魔物を倒してもらい、敵が増えれば後方支援に徹してもらった方がいい気がした。


「森の民の皆様は大丈夫なのですか?」

「ええ、魔物狩りは慣れていますから」

「むしろ、獲物が向こうからきてくれるなんてご褒美です」

「子を成せない魔物の群れだっていうなら、いくら狩っても生態系が崩れる可能性が少ないってことだろ?」

「あぁ、確かにそういう考え方もできますね」


 戦う術のないルシアナにとって、魔物の群れが村にやってくるというのは恐怖以外の何物でもないが、魔物を狩って生計を立てる彼らにとってはむしろ運のいいことらしい。

 さすがにゴブリンは煮ても焼いても食べられないので嬉しくないそうだが、ウルフやボアが現れるのを楽しみにしていると言っていた。

 さすがに、二桁後半の魔物が一度に現れたら困るそうだが、今の小麦の開花状況だとそこまで魔物が押し寄せてくることはないそうで、強い魔物が来る頃には、騎士団の派遣も終えるだろうということで彼らも安心していたようだ。


 それから一週間。

 最初はゴブリンくらいしか現れなかったが、予想していたように、ウルフやボアなどの倒せばお金になる魔物も現れるようになり、村では連日、焼肉の匂いが立ち込めていた。

 毛皮や肉を他の町に売った収入で、小麦が二割収穫できなくなっても差し引きプラスくらいになり、村は好景気で宴会ムードになっていた。

 そんなとき、ルシアナの元にカイトから手紙が届いた。

 ルシアナはその手紙を持って、宴会をしていた村人たちのところに行く。


「シアさん、マリア様に手紙が届いたんだよな? 騎士隊の皆さん、そろそろ到着するのか?」

「そろそろ魔物の数も多くなってきたし、さすがに村の住民だけで防衛は厳しいですよ」

「この村は、他の村と比べても、特に魔物の領域に近いですからね」

「シア様?」


 ルシアナは彼らの視線を受けながら、申し訳なさそうに言った。


「騎士は――助けは村に来ません」

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